::: プロデューサー日記 :::
山下 治城
山下 治城
Haruki Yamashita
チーフ・プロデューサー

■出身地
鳥取県 倉吉市

■趣味
舞台を見る。映画(ドキュメンタリーからアニメーションまで)。読書。

■座右の銘
大局観とディテイル

■尊敬する人
宮崎駿

■好きな食べ物
カレー・ラーメン・寿司・蕎麦

■プレイスポット
劇場&映画館

■チャームポイント
ものを見る、まなざし。

■一番大切なものは?
自分に正直であること。

■休日何してる?
舞台鑑賞・映画鑑賞・料理

■好きなCMは?その理由は?
サントリーローヤル「ランボー」篇 学生時代に見た、このCMがきっかけで、僕はこの業界に入った。

■どんなPrになりたい?
矜持をもった人間として生きていきたい。

【代表作品】
◎エステー化学:消臭力
◎三井住友海上火災:企業
◎総務省:参議院選挙
◎レダ:プチシルマ シリーズ




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2008/08/23 - 09:17

「折り返し点1997~2008」宮崎駿(@岩波書店) 趣味の周辺。



宮崎駿の「出発点1979~1996」を読んだのは10年以上前のことになるだろうか?
その本は宮崎駿の発言やどこかで書いたり対談したりしたものをまとめたものだった。
ナウシカ以前から、「紅の豚」の製作あたりまでについてがまとめられていた。小さく発表されたものも全て網羅するような勢いで作られた本書を読んで感動したことを覚えている。
34歳のときのことだった。
こうやってものを作っていかなければならないんだという
覚悟みたいなものを教えてくれたような気がした。
映画造りとは一つの目標に向かって
スタッフ全員が奮闘努力しながらにじりよっていくような作業である。
という宮崎駿の言葉が僕の中に長く残っている。
特にアニメーションは膨大な作業をこつこつと
高いレベルで続けていかなければならない。

先日見たプロフェッショナルで宮崎駿が語った独り言がリンクする。
「ああ、めんどくさい、めんどくさい、ああ、めんどくさい!」
という言葉がそのことを語っている。
宮崎駿は決して温厚な子供好きのおじさんというだけではない。
自らも語っているがその中にある凶暴性みたいな面が、
こういったものを読むとうっすらと感じられる。
ある緊張感を伴う環境を作る。
ものを作るというのはそういったところがある。
ただ、楽しいだけで作れるというものではないんだということは重要なことである。
緊張感を持ちつつ結果的に楽しいものになるのかもしれないが
四六時中楽しい状態というわけにはいかない。
そこから出てくる奇妙なもの、
うんうんうなりながら何かわけがわからないものが出てくる、
いやひねり出すというところから全く新しいものが生み出されるのであり、
その努力なくしてはあれだけの仕事が出来ないということである。

本書は1997年の「もののけ姫」から
「千と千尋の神隠し」「ハウルの動く城」そして「崖の上のポニョ」の
企画段階までに宮崎駿が発言したり、書いたり、
対談したりしたものがほぼ網羅されていると言っても過言ではない。
そんな本なのである。
今回は岩波書店から出版されている。
「出発点」と同じ徳間書店から第二弾として出なかったのは何故か?
岩波の編集の強い意向で実現したものだからなのか?
宮崎駿はこのような本を別に出したいと思ったわけでなかった。
しかし、僕のような宮崎フリークにとっては
改めて宮崎駿の発言を再読しながらしかも
総合的に考えながら読める貴重なものである。

通して読んでみると宮崎駿には一貫性がある。
子供たちに明るい未来を残したい、子供たちに楽しんで欲しい。
そしてそれを描くときに自分の中の問題が
無意識に詰め込まれていなければならない。
その問題意識は高く、自分に嘘をつかない。
そこからさらに飛翔してあのような作品群が生まれてくる。
それは大衆性との狭間での葛藤のあらわれでもある。
その葛藤の中から多くの人が見る、
見たいという作品が出来上がるのである。

いま、「ポニョ」の話をすると大抵の人が見ており、
「ポニョ」の話はオリンピックの話と同じような共通言語となる。
それが映画の大衆性である。
宮崎駿はそのメジャー感を獲得するために
自己と葛藤を続けるのである。
そして彼を支える、プロデューサーの鈴木敏夫、
彩色の保田道代、ココロの師でもある5歳先輩の高畑勲などが周囲にいる。
さらに若手のスタジオジブリのスタッフたち。

半径3メートルから企画して考える宮崎駿は
自らの眼をカメラとし、じーっと対象を見つめ、
その記憶が脳の奥底にしまわれていく。
そして脳内で様々なイメージの記憶が発酵し
組み合わさりまったく新しいものが生まれてくる。
この手法に見習うべきものは多い。
リファレンス(参考資料)をもたないイメージの創造がそこにある。
もちろん、リファレンスを持つと言う事が無意味なこととは思わない。

宮崎駿がジブリ美術館を作ったときの言葉が印象的だった。
ジブリ美術館に子供を連れてくる親は、
それを記録するために子供たちを猫バスのところに座らせて写真を撮ろうとする。
子供たちはただ猫バスで遊びたいだけで、
写真を撮られることを望んではいない。
親たちは記録することに一生懸命である。
これはどこかおかしい。
美術館を体験してもらいたくて作ったのに
記録するために来てもらうのは違うかなと。
そこで美術館内での写真撮影は禁止したのです。
と語った。
今や、ほとんどすべての携帯電話にカメラがつき、
何かあると人々は携帯をかざす。
そうやって彼らはそこで起きている事を本当に記憶できているのだろうか?
本当に心の中に留める行為ってそんなことなのだろうか?
という本質的なメッセージがそこに含まれている。

印象的だった宮崎駿の発言。
映画の一番いいところは映画館で見た人がつまらないって腹をたてることなんです。
(中略)
つまり評論がまだ存在し得るんです。
評論家が腹を立てる事が出来るわけです。
それが僕は映画の最大の可能性だと思っています。

最後に宮崎駿が「あとがきにかえて」で語ったメッセージの中で
保育園設立の経緯になった箇所を引用する。
「保育園を作りたい」と思ったのは、
きれいごとでなくて、子供たちによってこちらが助けられるからです。
子供たちを見ていて感じることは、
やっぱり希望なんです。
「年寄りは、小さな子供を見ていると、幸せな気持ちになるんだ」
ということがよくわかりました。

先日発売された雑誌「CUT」に「崖の上のポニョ」を中心とした
宮崎駿と渋谷陽一の対談が載っている。面白い。
ポニョを読み解くのにとてもいいテキストになる。


投稿者 山下 治城 | この記事のURL | コメント()