::: プロデューサー日記 :::
山下 治城
山下 治城
Haruki Yamashita
チーフ・プロデューサー

■出身地
鳥取県 倉吉市

■趣味
舞台を見る。映画(ドキュメンタリーからアニメーションまで)。読書。

■座右の銘
大局観とディテイル

■尊敬する人
宮崎駿

■好きな食べ物
カレー・ラーメン・寿司・蕎麦

■プレイスポット
劇場&映画館

■チャームポイント
ものを見る、まなざし。

■一番大切なものは?
自分に正直であること。

■休日何してる?
舞台鑑賞・映画鑑賞・料理

■好きなCMは?その理由は?
サントリーローヤル「ランボー」篇 学生時代に見た、このCMがきっかけで、僕はこの業界に入った。

■どんなPrになりたい?
矜持をもった人間として生きていきたい。

【代表作品】
◎エステー化学:消臭力
◎三井住友海上火災:企業
◎総務省:参議院選挙
◎レダ:プチシルマ シリーズ




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2008/01/30 - 00:49

「『美しい』ってなんだろう?・美術のすすめ」森村泰昌(@理論社) 趣味の周辺。


よりみちパンセシリーズの中の1冊。
「パンセ」とはフランス語で思索・思考の意味だそう。
またパスカルがキリスト教護教諭のために書いた断章の集成とも。
1670年刊。瞑想録とも記されている。(「広辞苑」より。)

そのよりみちの思索の中で「美術」が語られる。
森村泰昌は日本の代表的な現代美術家である。
彼が自ら出演している、名画そっくりの写真は一度見たら忘れられない強さがある。
この人は、女装趣味がある人なんだろうか?
と最初思っていたのだが、本書を読んでみると、
純粋な美術家としての活動を真摯にやっているという印象を受けた。
もちろん、男性にも女性的な部分が、女性にも男性的な部分があり、
そのどこを表現するのかというようなことを森村さんは語っていた。
なるほどと、納得。
森村さんが名画の女性を演じるのは、
歌舞伎役者が女形を演ずるのにも似たようなものかもしれないなと思った。
残念ながら行く事が出来なかったが、2007年に横浜美術館で行われた、
「森村泰昌展」はなかなか刺激的だったと見に行った人に伺った。

 本書の中で語られていることは、実はものすごく普通のことである。
「美しい」ということ「美しい」と感じることには様々な側面があり、
個人によってその感じ方は違う。
しかし、そのことを考えることによって「美しい」の多様性を知り、
人生や世界の奥深さと面白さを知ることになるのですよ。
ということを、手を変え品を変え語っているのが本書の大きな特徴である。

この「よりみちパンセ」シリーズは
小学校高学年から高校生くらいに向けて出版されているものなのだろう。
この年代に向けて、難しい漢字などにはルビがふられている。
新しいジャンルのことを学ぶ際に、
中学・高校生向けの本は非常に役に立つ。
知識がそんなになくても読んでいけばわかるということを
基本に書かれているからというのが、最初の理由である。
さらに、テーマの中で物事の中心にある本質的なものを
いかにわかりやすく提示できるかということに注力されて書かれているから。
ということがふたつめの理由として考えられる。

本書の中から印象的なフレーズを引用する。

芸能とは絶対にウケないといけない世界である。

芸術とは、ウケなくてもやらねばならない世界を持つことである。

また、

知るだけでは頭でわかっていても気持ちがついていけないということがあります。
ですから、やはり感動できることがとても大事なんですね。
感動できれば、もうあなたはそれを美しいと感じている。
感動とともに、「美」はあなたに宿ってくるはずです。


と、ココロが動くこと、頭でっかちではない身体で感じることの
重要性を森村さんは何度となく語っておられました。


投稿者 山下 治城 | この記事のURL | コメント()

2008/01/06 - 01:43

「ウェブ時代をゆく」梅田望夫(@ちくま新書) 仕事の周辺

あけましておめでとうございます。

最初の1冊は、これからの未来を語った一冊。
あの名著「ウェブ進化論」から1年を経て出版された、梅田望夫の新刊。
ここでも梅田の立ち位置は変わらない。
徹底的にポジティブにウェブ時代を捉える。
楽天的に未来を考え、人を信じる姿勢は素敵です。
ウェブ時代になると、新しい、さらなる世界が開ける。
そのウェブ世界とリアル世界をバランスよく生きていく生き方が提示される。
本書の副題として、

「いかに働き、いかに学ぶか。」

ということについて語られる。
新しい時代の兆候がその先にある。
このような本を読むと多くのことを考えさせられる。
ここから先に新ビジネスモデルがあると信じる。
梅田はこのウェブ時代を高速道路に例える。
ネット社会が生んだ、いつでもどこでも誰でも、
ネットを通じて勉強や研鑽を積む事が出来、
そのスピードはどんどん増している。
発信者としても、誰でもが自由に
発信できるという環境が開かれている。
極度に民主的な社会がそこにある。

ただ、高速道路の先は大渋滞していると梅田は言う。
これは過度の競争社会であるということを
置き換えて言っているのだろうか?

それを乗り越えるのに梅田はふたつの方法を提示する。
ひとつは、さらなる「高く険しい道」を進むこと。
これこそがプロフェッショナルと言われている人々が進んでいる道である。
将棋が好きな梅田は、その世界に置き換えて、
羽生善治のことを例に挙げる。
彼は、まさに「高く険しい道」を進んでいる人である。

もうひとつは、「けものみち」を進んでいくことと梅田は語る。
「けものみち」とは道なき道の例えである。
どこにどう道が続いているかわかりにくいのだが、
そこには先に進める道が必ずある。
その道を、勇気を持って歩き出せば、
「高く険しい道」でなくても、その先に進んでいける。
この道は、ベンチャーとか新しいビジネスモデルとか
ということに置き換えられるだろう。

そして、どちらの道もこれから我々が
進んでいかなければならない道であると梅田は示す。

しかし、その道を進んでいくのにはある種の条件が提示させられる。

めんどくさがらないこと。
自立心をもって、自律しながら時間を有効に使ってものごとを処理していくこと。
そのことが問われる。自発性と置き換えてもいいのかもしれない。
そのような自発性なくしては、この道を進むことは出来ない。
組織が何かやってくれるだろうとか、
与えられた仕事をやるという考え方の人たちは
新しい世界に向けて進んでいく事が難しくなるだろうと
梅田は何度も繰り返す。

ただし、ウェブ社会では好きなことを徹底的にやって
それがビジネスになるとも梅田は語る。
好きな事を徹底的にやることこそ、自発性の塊のようなものである。

そのためには「好き」なものを自ら発見することが重要になる。
学生時代にそれが見つかれば、そんなに幸せなことはないだろう。

そして、さらなることとして、ウェブ時代の公共性について梅田は言及する。
ネット社会が上手く機能すれば、世界の格差は縮小し、
自律し勇気のある人たちが等しく頑張れる世界になる!と。
実際、グーグルの思想は世界の全ての知や情報を整理整頓して体系化することである。
税金ではなく、グーグルの資本でそれを行っている。
マイクロソフトの一線を退いたビルゲイツは彼の何十兆という資産を運用して
彼の財団で生み出された資金を、どのように基金として世界に還元するのか
ということを日々考えている。

ここに、梅田が描くウェブ社会のひとつの理想系がある。
その実現に向けて、みんなで道を進んで行こうよ!
というのが本書の概略である。


投稿者 山下 治城 | この記事のURL | コメント()

2007/11/30 - 12:21

「著作権とは何かー文化と創造のゆくえ」福井健作(@集英社新書) 個人の周辺


こういった類の本は、時間が経って判例が新しく出ると、
とたんに価値観が変わってしまう。
法律というのはそういうことを多分に含んでいる分野である。
時代とともに法律も変化する。
もちろん、国によっても、州によっても。
本書の初版発行は2005年である。
奥付に2005年5月22日第一刷発行とある。
手許にあるものは2007年9月17日発行の四刷のもの。
しかし、福井弁護士は、これを時代の流れで
消え去ってしまわないように執筆をしている。
「著作権法」の持つ根本的な意味を理解するということに
多くを割かれているのである。
「著作権法」とはこの法律によって
文化を豊かにしていくものだということが
根本にあるのだと何度となく福井弁護士は語っている。
その語り口は明晰でよどみがない。

本書を読むことによって著作権の基本概念を学ぶ事ができる。
この時代、著作権の認識なしには、何も出来ない。
たとえば、このようなブログのようなもので
自身が著作権法に触れるようなことを無意識のうちにしてしまうことがある。
本書を読むと、どこまでが許されていて、
どこまでが難しいのかが具体的な過去の事例を含めて
記述されているのである。
法律書というよりも、軽い読み物として楽しめる。

著者は文化芸術関係の著作権の事例を多く手掛けている。
実際に手掛けている現場の声がここには反映されている。
それは、どういうことかと言うと、
法律でどっちともとれるような例が実際には多くあるということ。
その決定は実は非常に曖昧で微妙なものでもあるのだなと思った。
その現場レベルでの苦悩と、
福井弁護士自身の解釈と実際の判例の差に直面して
悩む姿が行間から浮かび上がってくる。

その典型的な部分を引用する。
ある、著作権の裁判事例を受けてこの文章は始まる。


 しかし、翻って考えてみれば、
著作権法という法律自体が、そもそも他人にとって
そのプロセスは謎としかいいようがないはずの
人の創作や表現を対象にした法律なのです。
その法律を考える上で創作・表現の必然性に触れずに判断する。
それで果たして著作権はその目的をまっとうできるのでしょうか?

「創作・表現の必然性」というところに触れずに裁判をすること
に対しての大いなる疑問が提示されている。
こんなところに、福井弁護士の本音と苦悩を感じる。
ちなみに「引用」は著作権の例外事項です。
(ただし、詳しく言うと、大体、全体の文章量の
10%くらいと言われているそうです。)

 文化の発展に寄与することを目的とする著作権法。
個人や法人の利益のためだけに存在してしまっているような
事例が増えて来ているんじゃないか?
そして、そのことは、もともとの著作権法の理念とは
違うものなのではいか?
という考え方をベースに議論が深められると
いいなと思ったりもしています。


投稿者 山下 治城 | この記事のURL | コメント()

2007/10/18 - 11:28

「中島信也CM展」(@ggg・クリエイションギャラリーG8) 仕事の周辺

2会場での催しをじっくり見て思った。
やっぱり、中島さんはミュージシャンなんだ!と。
ミュージシャンの持つ特性を、このCM業界に持ち込んだ
稀有な才能の持ち主といえる。
それも、ありとあらゆる種類の音楽に精通しているミュージシャンである。
もともと、中島さんが音楽活動をされていたというのは有名な話である。
高校時代から大阪の千里あたりで有名だったらしい。
そのころ、これまたCM演出家の黒田秀樹さんと
バンド活動を通じて出会うことになったと聞いたことがある。
今も、中島さんの作るCMで印象に残る音楽のCMは多い。
最近の、資生堂の企業CMしかり、ユニクロのCMしかり。
それは過去に遡っても同様だったことがわかる。
チチンブイブイのアリナミンのCMにしても、
東レの企業CM「みんなが鳴っている」にしても、
ステップワゴンのCMにしても、
音楽が効果的に人びとの耳に残る造りになっている。

 しかし、ミュージシャンとしての特性は、
CM音楽のジャンルだけに限定されるということでないのは、自明である。

それは映像の編集点やカメラや映像の中の人やものの動きに関しても
同様であることが膨大な画コンテの中から読み取る事ができる。
CMによっては、これでもかと思えるくらいのカット割を
綿密に描いたコンテが作成されている。
まるで、この人はコンテを描くことによって自分の頭の中で
時間軸が動き出し、まるで音楽のスコアを描くように
画コンテを紡いでいくのだろうか?とすら思う。
その楽器は多種多様である。
それは出演タレントだったりCGだったりアニメーションだったり、
台詞だったり、ナレーションであったり効果音であったり、
それらの様々な要素が映像として定着されるとき
どのようになっていくのかということの完璧な設計図になっている。
あまりの細かさと、その正確さに恐れ入るのである。

 しかし、このミュージシャンの資質をもった
CMディレクターはそれだけではとどまらない。
というか、すぐに自己の作った枠から逸脱しようとするのである。
創造と破壊を繰り返す。
まさにここの部分を捉えると、一種の芸術家であるとも言える。

それは以下のような事実からも伺える。
現場で起きた予想もつかないことを中島さんは受け止め、受け入れる。
それはスタッフの進言に関しても同様である。
スタッフの言葉に耳を傾け、自己の設計図にだけとらわれず
刻々と変容を重ねながら
新しい価値観を模索し続けているのである。

だからこそ、20年以上も第一線で活躍されているのだろうし、
それ以外のジャンルでも一流であり続けられるのだろう。

複数のADが中島さんのことについて以下のようなことを書いていた。
中島信也は一流の司会者であり、作詞家であり、作曲家であり、大学教授であり、
会社役員であり、上司であり、父であり、夫であり、もちろんCMディレクターであると。
なるほどなああああと感心した。


会場には等身大の石膏像がある。
もちろん、彼の頭上には何故か一輪の薔薇が添えられている。
そこのフロア(@ggg・1階)で行われている展示が面白い。
CMの出来るまでの映像ドキュメントの展示がものすごくリアルなのである。

そして、僕は、SONYのリバティのCMを、久しぶりに見て、
20数年前にこの業界で働き始めたことの喜びを
あらためて噛み締めたのだった。


「絵コンテ原画展」(@クリエイションギャラリーG8)
「中島信也と29人のアートディレクター」(@ギンザ・グラフィック・ギャラリー)にて

10月26日(金)までやっています。


投稿者 山下 治城 | この記事のURL | コメント()

2007/10/17 - 10:43

「カンヌ広告祭2007報告会」(@有楽町朝日ホール) 仕事の周辺

電通4CD局のクリエーティブ・ディレクター
岡村雅子さんのナビゲートによる、カンヌ広告祭の報告会を聞きに行った。
場所は、毎年行われている、有楽町朝日ホール。
最近この催しが大人気で前売りをちゃんと買っておかないと入れないらしい。
気がつくのが遅いと入場さへ出来ない。
アナウンスで本日は満席ですと言っていた。
13時丁度に会場に到着。本当に座るところを見つけるのが大変だった。
来年から指定席制にすればいいのにと思った。
指定席が売り切れた時点で立ち見のチケットを販売するというのはどうでしょう?
今年のグランプリはDove。(ユニリーバ)
これはもともとU−TUBEで流されていたもの。
話題が話題を呼び、オランダや南米では
何度もテレビでオンエアーがされたものらしい。
いまでもサイトで見る事が出来、
世界中で話題になったキャンペーンだったそうである。
しかし、日本でそれを知る人がいったいどれくらいいたのだろうか?
こういう事例を見ても日本と
その他の国の情報の違いというのが見えてくる。

岡村氏はすらっとした美人である。
彼女の喋りは早口ではあるが論理的で、わかりやすい。
とっても知的な印象を受ける。
今年のカンヌフィルム部門の審査員をされた経験から
リアルな話をたくさん聞かせていただく。
いつも、この報告会はプレゼンテーターが
チャプター毎にテーマを決めて受賞作品を見せるという形式を取る。
この作業から、岡村氏が考える
今年のカンヌに対する想いが表出する。
それはいくつかのキーワードに置き換えられる。
「リアル」から始まって「構造の変化」まで、
岡村氏の感想と考え方に従ってフィルムを見せていただく。

印象深い言葉がいくつかあった。北欧の審査員たちの話は
僕にとって、とても面白いものだった。
ノルウェイかどこかのCMでLOTO(宝くじ)のCMを見た後のコメント。

北欧の人たちは税金を50%くらいなら払ってもいいという。
それでみんなが幸せになればいいのだという。
彼ら北欧の審査員たちは、自分の国のフィルムをAWARDとして
強烈に推薦することなどは決してしない。
もっと大局観にたって
地球レベルで物事を捉え発言していくのだと。
「へえええええ?」と驚く。
北欧諸国の国民性は、哲学は、このようなものなのだろうか?
だからこそ、このLOTOのようなCMが生まれてくるのであると。

また、最終選考のときに北欧の審査員である彼らが、
DoveとNIKEのマリア・シャラポアが出てくるCMを比較して、
確かにシャラポアの「I FEEL PRETTY」は
優れたコマーシャルであるがこれをグランプリに据えると、
カンヌ広告祭自体が10年前に戻ってしまうのではないか?
という指摘をしたらしい。
それを聞いた、審査員一同、大きくうなずいたというエピソードを伺った。
また、アルゼンチンのクリエーティブが優れているという話や、
アジアの受賞作をまとめたところでは、
タイのCMが面白いのにもかかわらず不当に評価が低かったことを
岡村氏は嘆いていた。

少しだけ思った。
もしかしてタイのCMはいまや、
完全にカンヌで珍しいものという土俵で勝負出来なくなったのではないだろうか?
もしかしたら、彼らは完全に欧米系のコンテクストを作る
クリエーターから考え方は異質ではあるが
優れた広告を作るものたちと思われているのではないか?と思った。

欧米系クリエーターの嫉妬心が
タイの広告に対する不当な扱いにつながっていったのだろうか?
インドは、今は「ああ、インドらしいねええ!」で片付けられ、
面白そうなものは、銅や銀を与えておけばいいというような
文脈が働いているのだろうか?

今年の審査員たちがたまたまそうだったのかも知れないが、
そんなことを感じた報告会だった。

ブラビアのCMは音楽有りの方が断然良かった。

そしてショートリストどまりのCMの中で
マンションが建物ごと移動して引っ越してしまうという
ビジュアル表現のエクゼキューションに舌を巻いた。


投稿者 山下 治城 | この記事のURL | コメント()

2007/09/28 - 10:15

「Seven Stars Nights +One」第七夜(@映像テクノアカデミア) 仕事の周辺

クリエイティブのこれからを語る七夜話と銘打った、七夜目の回は、
電通インタラクティブ・コミュニケーション局の佐藤尚之さん。
佐藤氏は電通クリエーティブ局で14年間プランナーをやった後、
2000年に現職に。
いち早く、WEBを中心としたIC局という部署に移って新しいことを始められている。
僕たちが、ブログやWEB2.0などを認識する遥か以前から、
佐藤氏はこのジャンルに強い可能性を感じ先頭を切って走り続けている。
フロンティアである。
この開拓者魂は終わるところを知らない。
米国の歴史のように西海岸に到達し、アラスカで終わるなんてことはない、
果てしの無い旅が続いている。そこには無限の可能性が満ち満ちている。
 この日は、佐藤さんから、いままでのWEBを中心とした
キャンペーンの事例をキーワードを交えつつ
具体例を紹介していただきつつ進んでいった。

佐藤氏は語る。広告表現をラブレターに例えて。
「ラブレターを書いているだけで面白いの?」
CMプランナーコースの特別授業の一環として行われていながら
強烈なアンチテーゼと思われるような問いかけで講義は始まった。
WEBを媒介とした、コミュニケーションデザインの例を、
特に海外の優れた事例を紹介していただきながら講義は続く。
知的な佐藤氏の早口でテンポのいい語り口が、
聞いている我々の脳を心地よく刺激する。
ダイエットコークにメントスを数粒入れると、
ものすごい勢いでコーラが噴射する映像とか、
消費者(コンシューマー)が作ったドリトスのCMや
フォルクスワーゲンPOLOの自爆テロをテーマにしたCMなどを見せていただく。
今は、この世界では、消費者(コンシューマー)というよりも
ユーザーと言う方が時代にあっている。
消費者自体がこの環境で
大きく変わってしまっているということは事実なのだから。
彼らは、押し付けられたり決め付けられたりするのを嫌う。
そこから感動や面白さを共有したり、
彼ら自信が発見し発信するというような仕組みを作っていくことが
求められてくるのだろう。

広告の接触頻度の話が興味深い。
1980年代は1日に500回、それが現在では1日3235回!
情報洪水の現状の中、我々はどのようにユーザーに
広告を届けるべきなのかという話になっていった。

キーワードは4つ。

1、「メディアニュートラル」(コミュニケーションデザイン・IMC)
ターゲットに伝えるにはどうしたらいいのかを考え、
そのためのメディアを中心に据えること。
118=118という番号案内のイギリスの事例を紹介していただく。
LondonにあるNakedというクリエーティブエージェンシーの仕事。

2、「ブランデッド・エンターテイメント」
これの最たるもので最初のものがBMWのショートフィルムであった。

3、「BUZZ」(WOM・Vilal)
今年、カンヌでグランプリを取ったDOVEの事例と、
DOVEと全く同じ造りになっている。太りゆく男性の映像のパロディ版を見る。

4、「CGM・UCC」
コンシューマー・ジェネレイテッド・メディアとも
ユーザー・クリエイツ・コンテンツとも言うもの。
ユーザー自身が参加してメディアを作るもの。
コンバースのキャンペーンで「ブランドを消費者に返そう」
というキャンペーンについて聞く。


しかし、これまでのお話は、さとなおさんの大いなる前哨戦だということがわかった。
佐藤尚之さんのチームがやられた「スラムダンク」1億冊突破感謝キャンペーン
の具体例を伺う。
8人のチームでこれだけのことが出来るのかと感動する。
佐藤氏は言う。「表現する前に、ターゲットのことを本当に良く考える。
何が彼らにとって響くのか大切なのか、そんなことを考え続けて、
ようやく、そこから表現案を考え始める。」と、
このことは、CMプランナー講座での至言である。
広告で人の気持ちを動かすために考えることの根本が
ここに含まれているような気がする。
表現をするための理念や哲学について
長く考え続けることが大切であるということかな?と思う。
たった8人のスタッフで行われたキャンペーン。
全国誌6誌で掲載された15段の新聞広告。
スラムダンクの登場人物が一人ずつ出ている。何も語らない広告。
しかし見る人が見ればわかる。
しかし、実際、僕自身、この新聞広告をリアルタイムで見ている。
僕はスラムダンクを読んでいない。
にもかかわらず、これは何?あああああああああ!
「スラムダンク」かあ?「スラムダンク」がどうしたのだろうか?
この画は井上さんのラフ・デッサンなのかあ?
と強烈な印象に残っていた。

しかし、本当に感動していくのはこれからである
ということに僕は気づかなかった。
WEBサイトのシーンを見せてもらう。
バスケット。ドリブルをしている「スラムダンク」の登場人物が
パスをこちらに投げてくる。見ている人は、
ガイダンスに沿っていくと、彼らに対して応援メッセージを
自由に書き込めるようになっている。
そうしてパスを返すと。画面は最終回の試合会場になり
満員の観客の一人ずつから、彼らが作成したメッセージを読める
という構造になっている。ファンたちの膨大な寄せ書きがここにある。
観客たちは無限スクロールできるような仕組みが作られている。
しかし、この仕掛けはここで留まらない。

三浦半島にある三崎高校(廃校の学校)を数日間借り切って、
書き込みをしてくれたファンのためのクロージングなイベントが行われる。
井上雄彦は、教室の黒板に順々に「スラムダンク」の最終回以降の話を
チョーク1本で描き続ける。
ファンの人たちはそれを見て、カメラで撮って、
体育館では自由にバスケットが出来るようになっている。
フジテレビの番組クルーが入って、
この模様が深夜にオンエアーされたそうである。
そのドキュメンタリーの一部を見せて頂く。
ファンの井上作品に対するレスペクトが伝わって来て、
そのドキュメンタリーを見ているだけでココロがうるうるしてくる。

このイベントの後、番組はDVD化され、
黒板の漫画は出版され10万部以上が売れ、
「SWICH」という雑誌で井上雄彦と「スラムダンク」の特集が組まれ、
その雑誌は発売数ヶ月経ってもアマゾンで
売り上げランキング3位を保っていたという。

たった、8人の想いが深く人に届き感動させる事象となっていく。
その深度をはかる尺度があれば、
このキャンペーンの到達度は計り知れないものがある。

広告に感動して、この業界に入った僕は、
改めてこの業界に入った原点を思い起させてくれるような体験ができた。


投稿者 山下 治城 | この記事のURL | コメント()

2007/08/03 - 12:24

「ひとつ上のチーム」真木準 編(@インプレスジャパン) 仕事の周辺

この、ひとつ上シリーズもこれで三作目である。
奥付をみると2006年12月とある。
ああ、半年以上も本棚に眠っていたのか?
いつものように凄いメンバーたちが
広告制作のチームについて語られている。
クリエイティブディレクターとして優秀な方々である。
みなさん、広告制作のチームのリーダーから出てくる言葉は
仕事を通じて経験した言葉だけに説得力がある
。みなそれぞれ勝手にチームのことについて
語るわけであるが共通するところはたくさんある。

必要最少人数のチームでやること。
チームを組むときには、そのスタッフの人選に対して
非常にデリケートになってスタッフィングをすること。
また、それとは逆に、プロフェッショナル集団の集まりであれば、
チームなどどのような形態であれ
高いレベルのクリエイティブを作ることは出来る筈で
あるという意見も同時にある。
打合せまでに、プロ集団としてきちんと
そのプロジェクトについて考えてくる。
そして、打合せは最小時間で集中して行う。
その時間は2-3時間が限度であり、
そのセッションというか打合せを何度か行い、
クリエイティブの高みににじりよっていく。
プロのクリエーター同士の意外な組み合わせから
意外な新しい価値が創出されることがある。
そのことを受け入れ大切にするということを
きちんと行わなくてはならない。
そこから新しいクリエイティブが生まれる。
職種にこだわらずに自由にアイデアを出す中から
そんなことが生まれてくるのである。
クリエーター自身はわがままである。
わがままであってもきちんと結果を出せば、
それは芸のひとつとして容認できるが、
頑固過ぎるのはいけない。

などというようなことが繰り返し語られている。
本書の面白いところは、
あ、ここは面白いなというようなチームで制作するにあたっての
理念や考え方のポイントみたいなものを、
編者である真木準さんが拾ってくれて、
欄外に青字できちんと記してくれているところである。

例えば、こんな感じです。
引用する。

「楽しく、仕事ができるチームをつくるためには、
やはり人を大切にしなければいけない」(山本幸司)

「いくら正しいと信じているものでも、
自分が『こうだ』と思っているものは、
自分の頭の範囲内のもの。
そこにこだわっているうちは、
それ以上のものはできない。(児島令子)

「チームは個性の異なる者同士が助け合う場所。」(葛西薫)

「何かを続けていくためには
エゴイスティックなものと同時に、
残りの半分はパブリックなものが必要」(岡康道)

岡さんが面白いことをおっしゃっていた。

「クリエイティブな仕事をするために必要なことは、
とにかく楽しい気分でいることです。
『毎日が面白いな』と思っているようなときにしか、
アイデアは思いつかない。」

最後に、制作会社から
ディレクターの中島信也さんが語っている。
「スタッフが動いてくれるのには、
きちんとした信頼関係が必要です。
そのためには頭を下げてスタッフにお願いすること。
そしてスタッフのモチベーションをいかに上げてもらい、
彼らの卓越した技術を引き出してもらいたい。
あくまでもスタッフが主体的に動いてくれるような
環境を作っていくこと。
また、現場で予想外な方向に作業が進んだときには、
基本、なりゆきに任せてみる。」

なるほどと納得&感心である。
そして、思った。
これって会社経営者論であり、
素晴らしいリーダー論であるのだなあと。

ということは、広告業界以外の全てのモノを作るチームにも
置き換えることが出来るということである。

それが2000円で手に入るのは、
ありがたいことでございます。


投稿者 山下 治城 | この記事のURL | コメント()

2007/07/23 - 09:31

「ネットはテレビをどう呑みこむのか?」歌田明弘(@アスキー新書) 仕事の周辺

本は一気に読まないと、やはり内容を少しずつ忘れてしまう。
その日のうちに一気に読むということが理想なのかも知れないが、
そうもいかないので、これを書くにあたってまたパラパラと
前半部を中心に読み返すことになる。
その際、読みながらページを折っているところと
赤ペンなどで記しをつけているところを中心に読んでいって
文章を頭の中で組み立てようとする。
いま、まさにそのことをパソコンのキーボードを
打ちながら行っております。
 本書もまた例の2011年地デジ完全移行問題で
世間をにぎわせている、放送と通信の融合の話。
著者の歌田明弘の「週間アスキー」での連載「仮想報道」をまとめたものらしい。
新書とはいえ書き下ろしではないというものもあるのかと新しい発見だった。
歌田氏は「ユリイカ」の編集長を以前されていたそうだ。
アスキーの連載だけあって放送と通信の技術の
先端的なことに触れてあるのが面白かった。
 結局、動画に関しても検索ということは重要になってくるだろうと歌田氏は語る。
その検索ということで、現在「ブリンクX」という
アメリカの動画検索サイトの紹介がされている。
小さな小窓がディスプレイ上にあって、その全てが動いているらしい。
動画の表紙みたいなものとでも言えばいいのだろうか?
その小窓をクリックするだけで動画が再生されるという。
現在700万時間のビデオコンテンツが対象になっているらしい。
さらにこの検索サイトの凄いところは音声認識技術で
音声検索までしてくれるところ。
音声は早送でも二倍速で聞いていくのが人間としての限界だろう。
それを認識技術で検索!驚くやら面白いやら。
こんな話を聞いてしまうとワクワクする。
 ひいては、動画検索の新しい技術が生まれてこないだろうかと
真剣に思うのである。
言葉でのキーワード検索ではない方法は何だろうか?と考える。
と思って、しかしそれも同時に言葉が必要になるのだということなのである。
では、抽象的な映像素材をどのように検索すると
目的の映像にたどり着けるのか?
これは、何秒かその動画を眺めて見なければ
欲しい動画には行き着かないのかもしれないとやはり思う。
そういう意味では、このブリンクXの5行×5列の
小窓の動画サンプル表示は力強い。
本書の後半は、小泉政権時代の諮問委員会での
放送と通信の融合の進め方や、
ネット時代の報道のことについてが語られている。
放送と通信の融合でシステムが
どのように変っていくのかだけを知りたい人は
飛ばしてしまっても全然大丈夫な内容。
しかし、イラクの邦人人質事件についての報道の違いや
ネットでの意見の応酬の事実などの話は大変に面白かった。

最後に本書の中で気になった部分を紹介する。
 視聴者は、番組の途中に広告が流されるのは嫌うものの、
ショート・ムービーとしての広告はおもしろがる。
グーグル・ビデオの責任者はそのことに気づき、
「人びとが好んで広告を見ることには驚いた」と言っている。
 また、このようなことも。
 テレビ局の獲得できる視聴者は減り広告収入は落ちていく。
そうなったときテレビ局は果たして幸福になるのか不幸になるのか。
テレビ会社は、在京キー局でさえも
これまでのような高所得が得られる職場ではなくなるだろう。
しかし、いまよりも作りたい番組を作れるようにはなっているかもしれない。

このことを制作者たちがどう受け止め、
どう変化するのかが問われ始めている。

 そして、これから日本マーケットでの最大のコンテンツメーカーは、
タレントを抱えているプロダクションではないだろうか?
その際たるものが「吉本興業」である。
彼らは数多くのタレントというコンテンツをもち、
そして動画コンテンツ制作能力を持ち、
動画配信の「ファンダンゴTV」などというコンテンツの供給場所も持っている。
日本の市場に於いてタレントが出演しているということは
一つの大きなメリットとなっている。
吉本興業以外の芸能プロダクションも
自社でのコンテンツ製作&配信を当然始めていくだろう。
そのときに、そうではない製作会社は、
何が出来るのかを考え続けなければいけないと痛感している。


投稿者 山下 治城 | この記事のURL | コメント()

2007/07/08 - 11:09

「シャングリラ ?」松任谷由実(@横浜アリーナ) 趣味の周辺。

新横浜駅から続く人の波は
横浜アリーナへと途切れることなく続いていた。観客11000人。
出演者の数も多い。
ざっとみて50名以上のダンサー、パフォーマー、アクロバット、
空中ブランコ、シンクロナイズドスイマーなどなど。
とにかく豪華絢爛、ものすごい迫力と物量で迫ってくる。
これこそケレン味というのだろうか?
ケレン味が、きちんとエンターテイメントに昇華しているものは強い!
蜷川幸雄しかり、コクーン歌舞伎しかり。
 本公演は、?とあるように三回目の「シャングリラ」である。
4年に一度行われているらしい。
第1回目は8年前だったそうである。
オリンピックのようなスパンで行われる貴重な舞台を
見ることが出来て本当に良かった。
EMI MUSICの方々のおかげです!

 いきなり、オープニングで驚く!
しかし、これはネタバレになるので書かない。
シンクロのスイマーたちが舞台中央にしつらえられた
円形プールで泳いでいるのだが、
どのような仕組みで舞台セットが変化していくのか?
どのような段取りで、パフォーマンスのための道具が
同時並行で作り込まれていくのか?
もともと、これらの舞台装置は全てこの舞台のためだけに
作られたものなのか?
考え出すととまらなくなり、このイベントはいったい
幾らの予算が投入されているのだ!という気になる。
これが12000円で観られるなら惜しくない!

朝日新聞のレビューで小倉エージ氏も書いていたが、
「時のないホテル」のスパイ合戦のアクロバットは本当に凄かった。
生の身体をここまでアクロバティカルに見せる人間の凄さを感じる。
女スパイだと思われる真っ赤なトレンチコートを着ていたYUMINGが、
後に砂漠の戦士の真っ白な衣裳に変身し唄い続ける。
スパイたちは右往左往し、いろんな国での紛争のモチーフが描かれる。
大きな赤い旗を振り回すスパイたち。
その周囲のいろんなところから炎が吹き出す。
これは石油の象徴でもあり、戦火の象徴でもある。
彼らは石油のために戦争をする。

しかし、実はそんなテーマはどうでも良いのかも知れない。
そこでYUMINGとともに左右に揺れるゴンドラに飛び乗ったり
飛び降りたりするスパイたちのアクロバティックを見るだけで
身体を強く感じることが出来る。
このシーンのラストは圧巻である。

 今回の公演のテーマは「ドルフィンの夢」。
海洋ドキュメンタリー映画「アトランティス」(リュック・ベッソン監督)の
字幕翻訳をかってでた、YUMINGらしいテーマの選択である。
全体を通じて描かれるものは、浮遊感である。
夢のような浮遊感をテーマに身体が浮遊するという感覚が
どのように表現されるのかということを、
手を変え品を変え行い続ける。
そこから僕たちが感じ取れることは、身体への信頼である。
空中ブランコのパフォーマーたちが
次々と下にあるネットに落下していくシーンは
今思い出しても素晴らしかった。
「浮遊感」を描いたもっとも象徴的なシーンと言えるだろう。

 最後のスタッフ紹介でYUMINGが
全てのスタッフの名前を呼んで紹介するシーンがまた印象的だった。
YUMINGが彼らの才能と彼らを愛し全面的に信頼して、
たおやかなココロで受け入れ共存する姿がまるで、
菩薩のようであり天女のようでもある。
その大きなココロで包まれた会場は
本当に「優しい気持ち」に包まれるのである。


投稿者 山下 治城 | この記事のURL | コメント()

2007/07/06 - 10:06

「広告会社は変われるか」藤原治(@ダイヤモンド社) 仕事の周辺

副題にこうある。「マスメディア依存体質からの脱却シナリオ」。
著者である藤原治は、電通総研を早期退職して本書を出版した。
この時期だからこその内容。
インターネットとメディアの融合を迎えて
これまでのメディアを分配して広告主に売っていた
広告会社の体質は変わらなければならないということ。
広告主や経済環境のグローバル化により、
欧米標準であるグローバルな仕事の仕方の導入を
どのようにするのが良いのか?
 という二つの事柄が中心となって語られる。
 面白いのは、日本の広告会社
(特に、電通のことを藤原氏は語っているのだろうが。)
は広告代理業ではなく、自己商であると何度となく言及している。
自己商という言葉を初めて知る。
要は、会社自体がリスクをとって広告主のリスクを
補填してしまうような会社ということらしい。
もっと簡単に言うと、ある広告主の広告を請け負って、
TVなどに出稿したとする。その広告主が倒産した場合、
欧米型の広告代理店であれば、
メディアなどへ対しての媒体費の支払い義務はないが、
日本の広告会社は支払うということがルールになっているらしい。
ここまでやる会社は代理業ではないということ。
電通や博報堂は情報商社である。
ということが基本になっているのである。
広告会社はそれに投資し、パートナーシップを築く。
要するに代理業を営んでいるわけではないので
一業種一社制度を守る必要もなく、
原価公開をする必要はないと結んでいる。
現状がそうなのだ。
もちろん、広告主との関係に於いて例外はあって、
欧米グローバル化に従うということであれば、
原価の開示と適切なフィー&マークアップを頂き、
一業種一社制度にできるような仕組みの作り方をするということも
並行して行われているということにも及んでいる。
ただし、それは広告主との関係に於いて限定的である。

しかし、いままでのことは、
現状をわかりやすく示してくれたに過ぎない。
本書を購入した人は、その後、
広告会社はどのように変わっていかなければならないかということを
知りたくて手に取った人が大半だろう。
その方向性みたいなものが何となく示されている。

以下の3点を藤原氏は強調する。

1、R&D(製品開発)への積極的な投資。
いわゆるメーカーの研究開発費にあたる費用を構築し投資すること。

2、組織論の重要性の再認識。
e-プラットフォームでのCRM(カスタマー・リレーションシップ・マーケティング)を
強化するために必要な組織機構に変化していくこと。


3、人材の開発と教育。

グーグルの社員のような面々が今後ますます、
広告会社の中枢を占めるようになるのか?
それともグーグルのような会社が現状の広告会社にとって変わるのか?
その答えがでるのはこれからである。
しかし、大切なことは優秀な人材を効果的に配置し、
新しいビジネスモデルを開発することである。
これはどこの企業にも言えることであり、
その答えは現場にいながらにしてなんとかかんとか
手探りで発見しつつ改善していくことしかないのではないだろうか?

そして、僕たち制作会社は、
その効果的なコミュニケーションのコンテンツを
カスタマーが満足できるレベルで
作り続けていくことでしかないのかも知れない。


投稿者 山下 治城 | この記事のURL | コメント()

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