::: プロデューサー日記 :::
山下 治城
Haruki Yamashita
チーフ・プロデューサー
チーフ・プロデューサー
鳥取県 倉吉市
■趣味
舞台を見る。映画(ドキュメンタリーからアニメーションまで)。読書。
■座右の銘
大局観とディテイル
■尊敬する人
宮崎駿
■好きな食べ物
カレー・ラーメン・寿司・蕎麦
■プレイスポット
劇場&映画館
■チャームポイント
ものを見る、まなざし。
■一番大切なものは?
自分に正直であること。
■休日何してる?
舞台鑑賞・映画鑑賞・料理
■好きなCMは?その理由は?
サントリーローヤル「ランボー」篇 学生時代に見た、このCMがきっかけで、僕はこの業界に入った。
■どんなPrになりたい?
矜持をもった人間として生きていきたい。
【代表作品】
◎エステー化学:消臭力
◎三井住友海上火災:企業
◎総務省:参議院選挙
◎レダ:プチシルマ シリーズ
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2007/10/18 - 11:28
「中島信也CM展」(@ggg・クリエイションギャラリーG8) 仕事の周辺
2会場での催しをじっくり見て思った。
やっぱり、中島さんはミュージシャンなんだ!と。
ミュージシャンの持つ特性を、このCM業界に持ち込んだ
稀有な才能の持ち主といえる。
それも、ありとあらゆる種類の音楽に精通しているミュージシャンである。
もともと、中島さんが音楽活動をされていたというのは有名な話である。
高校時代から大阪の千里あたりで有名だったらしい。
そのころ、これまたCM演出家の黒田秀樹さんと
バンド活動を通じて出会うことになったと聞いたことがある。
今も、中島さんの作るCMで印象に残る音楽のCMは多い。
最近の、資生堂の企業CMしかり、ユニクロのCMしかり。
それは過去に遡っても同様だったことがわかる。
チチンブイブイのアリナミンのCMにしても、
東レの企業CM「みんなが鳴っている」にしても、
ステップワゴンのCMにしても、
音楽が効果的に人びとの耳に残る造りになっている。
しかし、ミュージシャンとしての特性は、
CM音楽のジャンルだけに限定されるということでないのは、自明である。
それは映像の編集点やカメラや映像の中の人やものの動きに関しても
同様であることが膨大な画コンテの中から読み取る事ができる。
CMによっては、これでもかと思えるくらいのカット割を
綿密に描いたコンテが作成されている。
まるで、この人はコンテを描くことによって自分の頭の中で
時間軸が動き出し、まるで音楽のスコアを描くように
画コンテを紡いでいくのだろうか?とすら思う。
その楽器は多種多様である。
それは出演タレントだったりCGだったりアニメーションだったり、
台詞だったり、ナレーションであったり効果音であったり、
それらの様々な要素が映像として定着されるとき
どのようになっていくのかということの完璧な設計図になっている。
あまりの細かさと、その正確さに恐れ入るのである。
しかし、このミュージシャンの資質をもった
CMディレクターはそれだけではとどまらない。
というか、すぐに自己の作った枠から逸脱しようとするのである。
創造と破壊を繰り返す。
まさにここの部分を捉えると、一種の芸術家であるとも言える。
それは以下のような事実からも伺える。
現場で起きた予想もつかないことを中島さんは受け止め、受け入れる。
それはスタッフの進言に関しても同様である。
スタッフの言葉に耳を傾け、自己の設計図にだけとらわれず
刻々と変容を重ねながら
新しい価値観を模索し続けているのである。
だからこそ、20年以上も第一線で活躍されているのだろうし、
それ以外のジャンルでも一流であり続けられるのだろう。
複数のADが中島さんのことについて以下のようなことを書いていた。
中島信也は一流の司会者であり、作詞家であり、作曲家であり、大学教授であり、
会社役員であり、上司であり、父であり、夫であり、もちろんCMディレクターであると。
なるほどなああああと感心した。
会場には等身大の石膏像がある。
もちろん、彼の頭上には何故か一輪の薔薇が添えられている。
そこのフロア(@ggg・1階)で行われている展示が面白い。
CMの出来るまでの映像ドキュメントの展示がものすごくリアルなのである。
そして、僕は、SONYのリバティのCMを、久しぶりに見て、
20数年前にこの業界で働き始めたことの喜びを
あらためて噛み締めたのだった。
「絵コンテ原画展」(@クリエイションギャラリーG8)
「中島信也と29人のアートディレクター」(@ギンザ・グラフィック・ギャラリー)にて
10月26日(金)までやっています。
やっぱり、中島さんはミュージシャンなんだ!と。
ミュージシャンの持つ特性を、このCM業界に持ち込んだ
稀有な才能の持ち主といえる。
それも、ありとあらゆる種類の音楽に精通しているミュージシャンである。
もともと、中島さんが音楽活動をされていたというのは有名な話である。
高校時代から大阪の千里あたりで有名だったらしい。
そのころ、これまたCM演出家の黒田秀樹さんと
バンド活動を通じて出会うことになったと聞いたことがある。
今も、中島さんの作るCMで印象に残る音楽のCMは多い。
最近の、資生堂の企業CMしかり、ユニクロのCMしかり。
それは過去に遡っても同様だったことがわかる。
チチンブイブイのアリナミンのCMにしても、
東レの企業CM「みんなが鳴っている」にしても、
ステップワゴンのCMにしても、
音楽が効果的に人びとの耳に残る造りになっている。
しかし、ミュージシャンとしての特性は、
CM音楽のジャンルだけに限定されるということでないのは、自明である。
それは映像の編集点やカメラや映像の中の人やものの動きに関しても
同様であることが膨大な画コンテの中から読み取る事ができる。
CMによっては、これでもかと思えるくらいのカット割を
綿密に描いたコンテが作成されている。
まるで、この人はコンテを描くことによって自分の頭の中で
時間軸が動き出し、まるで音楽のスコアを描くように
画コンテを紡いでいくのだろうか?とすら思う。
その楽器は多種多様である。
それは出演タレントだったりCGだったりアニメーションだったり、
台詞だったり、ナレーションであったり効果音であったり、
それらの様々な要素が映像として定着されるとき
どのようになっていくのかということの完璧な設計図になっている。
あまりの細かさと、その正確さに恐れ入るのである。
しかし、このミュージシャンの資質をもった
CMディレクターはそれだけではとどまらない。
というか、すぐに自己の作った枠から逸脱しようとするのである。
創造と破壊を繰り返す。
まさにここの部分を捉えると、一種の芸術家であるとも言える。
それは以下のような事実からも伺える。
現場で起きた予想もつかないことを中島さんは受け止め、受け入れる。
それはスタッフの進言に関しても同様である。
スタッフの言葉に耳を傾け、自己の設計図にだけとらわれず
刻々と変容を重ねながら
新しい価値観を模索し続けているのである。
だからこそ、20年以上も第一線で活躍されているのだろうし、
それ以外のジャンルでも一流であり続けられるのだろう。
複数のADが中島さんのことについて以下のようなことを書いていた。
中島信也は一流の司会者であり、作詞家であり、作曲家であり、大学教授であり、
会社役員であり、上司であり、父であり、夫であり、もちろんCMディレクターであると。
なるほどなああああと感心した。
会場には等身大の石膏像がある。
もちろん、彼の頭上には何故か一輪の薔薇が添えられている。
そこのフロア(@ggg・1階)で行われている展示が面白い。
CMの出来るまでの映像ドキュメントの展示がものすごくリアルなのである。
そして、僕は、SONYのリバティのCMを、久しぶりに見て、
20数年前にこの業界で働き始めたことの喜びを
あらためて噛み締めたのだった。
「絵コンテ原画展」(@クリエイションギャラリーG8)
「中島信也と29人のアートディレクター」(@ギンザ・グラフィック・ギャラリー)にて
10月26日(金)までやっています。
2007/10/17 - 10:43
「カンヌ広告祭2007報告会」(@有楽町朝日ホール) 仕事の周辺
電通4CD局のクリエーティブ・ディレクター
岡村雅子さんのナビゲートによる、カンヌ広告祭の報告会を聞きに行った。
場所は、毎年行われている、有楽町朝日ホール。
最近この催しが大人気で前売りをちゃんと買っておかないと入れないらしい。
気がつくのが遅いと入場さへ出来ない。
アナウンスで本日は満席ですと言っていた。
13時丁度に会場に到着。本当に座るところを見つけるのが大変だった。
来年から指定席制にすればいいのにと思った。
指定席が売り切れた時点で立ち見のチケットを販売するというのはどうでしょう?
今年のグランプリはDove。(ユニリーバ)
これはもともとU−TUBEで流されていたもの。
話題が話題を呼び、オランダや南米では
何度もテレビでオンエアーがされたものらしい。
いまでもサイトで見る事が出来、
世界中で話題になったキャンペーンだったそうである。
しかし、日本でそれを知る人がいったいどれくらいいたのだろうか?
こういう事例を見ても日本と
その他の国の情報の違いというのが見えてくる。
岡村氏はすらっとした美人である。
彼女の喋りは早口ではあるが論理的で、わかりやすい。
とっても知的な印象を受ける。
今年のカンヌフィルム部門の審査員をされた経験から
リアルな話をたくさん聞かせていただく。
いつも、この報告会はプレゼンテーターが
チャプター毎にテーマを決めて受賞作品を見せるという形式を取る。
この作業から、岡村氏が考える
今年のカンヌに対する想いが表出する。
それはいくつかのキーワードに置き換えられる。
「リアル」から始まって「構造の変化」まで、
岡村氏の感想と考え方に従ってフィルムを見せていただく。
印象深い言葉がいくつかあった。北欧の審査員たちの話は
僕にとって、とても面白いものだった。
ノルウェイかどこかのCMでLOTO(宝くじ)のCMを見た後のコメント。
北欧の人たちは税金を50%くらいなら払ってもいいという。
それでみんなが幸せになればいいのだという。
彼ら北欧の審査員たちは、自分の国のフィルムをAWARDとして
強烈に推薦することなどは決してしない。
もっと大局観にたって
地球レベルで物事を捉え発言していくのだと。
「へえええええ?」と驚く。
北欧諸国の国民性は、哲学は、このようなものなのだろうか?
だからこそ、このLOTOのようなCMが生まれてくるのであると。
また、最終選考のときに北欧の審査員である彼らが、
DoveとNIKEのマリア・シャラポアが出てくるCMを比較して、
確かにシャラポアの「I FEEL PRETTY」は
優れたコマーシャルであるがこれをグランプリに据えると、
カンヌ広告祭自体が10年前に戻ってしまうのではないか?
という指摘をしたらしい。
それを聞いた、審査員一同、大きくうなずいたというエピソードを伺った。
また、アルゼンチンのクリエーティブが優れているという話や、
アジアの受賞作をまとめたところでは、
タイのCMが面白いのにもかかわらず不当に評価が低かったことを
岡村氏は嘆いていた。
少しだけ思った。
もしかしてタイのCMはいまや、
完全にカンヌで珍しいものという土俵で勝負出来なくなったのではないだろうか?
もしかしたら、彼らは完全に欧米系のコンテクストを作る
クリエーターから考え方は異質ではあるが
優れた広告を作るものたちと思われているのではないか?と思った。
欧米系クリエーターの嫉妬心が
タイの広告に対する不当な扱いにつながっていったのだろうか?
インドは、今は「ああ、インドらしいねええ!」で片付けられ、
面白そうなものは、銅や銀を与えておけばいいというような
文脈が働いているのだろうか?
今年の審査員たちがたまたまそうだったのかも知れないが、
そんなことを感じた報告会だった。
ブラビアのCMは音楽有りの方が断然良かった。
そしてショートリストどまりのCMの中で
マンションが建物ごと移動して引っ越してしまうという
ビジュアル表現のエクゼキューションに舌を巻いた。
岡村雅子さんのナビゲートによる、カンヌ広告祭の報告会を聞きに行った。
場所は、毎年行われている、有楽町朝日ホール。
最近この催しが大人気で前売りをちゃんと買っておかないと入れないらしい。
気がつくのが遅いと入場さへ出来ない。
アナウンスで本日は満席ですと言っていた。
13時丁度に会場に到着。本当に座るところを見つけるのが大変だった。
来年から指定席制にすればいいのにと思った。
指定席が売り切れた時点で立ち見のチケットを販売するというのはどうでしょう?
今年のグランプリはDove。(ユニリーバ)
これはもともとU−TUBEで流されていたもの。
話題が話題を呼び、オランダや南米では
何度もテレビでオンエアーがされたものらしい。
いまでもサイトで見る事が出来、
世界中で話題になったキャンペーンだったそうである。
しかし、日本でそれを知る人がいったいどれくらいいたのだろうか?
こういう事例を見ても日本と
その他の国の情報の違いというのが見えてくる。
岡村氏はすらっとした美人である。
彼女の喋りは早口ではあるが論理的で、わかりやすい。
とっても知的な印象を受ける。
今年のカンヌフィルム部門の審査員をされた経験から
リアルな話をたくさん聞かせていただく。
いつも、この報告会はプレゼンテーターが
チャプター毎にテーマを決めて受賞作品を見せるという形式を取る。
この作業から、岡村氏が考える
今年のカンヌに対する想いが表出する。
それはいくつかのキーワードに置き換えられる。
「リアル」から始まって「構造の変化」まで、
岡村氏の感想と考え方に従ってフィルムを見せていただく。
印象深い言葉がいくつかあった。北欧の審査員たちの話は
僕にとって、とても面白いものだった。
ノルウェイかどこかのCMでLOTO(宝くじ)のCMを見た後のコメント。
北欧の人たちは税金を50%くらいなら払ってもいいという。
それでみんなが幸せになればいいのだという。
彼ら北欧の審査員たちは、自分の国のフィルムをAWARDとして
強烈に推薦することなどは決してしない。
もっと大局観にたって
地球レベルで物事を捉え発言していくのだと。
「へえええええ?」と驚く。
北欧諸国の国民性は、哲学は、このようなものなのだろうか?
だからこそ、このLOTOのようなCMが生まれてくるのであると。
また、最終選考のときに北欧の審査員である彼らが、
DoveとNIKEのマリア・シャラポアが出てくるCMを比較して、
確かにシャラポアの「I FEEL PRETTY」は
優れたコマーシャルであるがこれをグランプリに据えると、
カンヌ広告祭自体が10年前に戻ってしまうのではないか?
という指摘をしたらしい。
それを聞いた、審査員一同、大きくうなずいたというエピソードを伺った。
また、アルゼンチンのクリエーティブが優れているという話や、
アジアの受賞作をまとめたところでは、
タイのCMが面白いのにもかかわらず不当に評価が低かったことを
岡村氏は嘆いていた。
少しだけ思った。
もしかしてタイのCMはいまや、
完全にカンヌで珍しいものという土俵で勝負出来なくなったのではないだろうか?
もしかしたら、彼らは完全に欧米系のコンテクストを作る
クリエーターから考え方は異質ではあるが
優れた広告を作るものたちと思われているのではないか?と思った。
欧米系クリエーターの嫉妬心が
タイの広告に対する不当な扱いにつながっていったのだろうか?
インドは、今は「ああ、インドらしいねええ!」で片付けられ、
面白そうなものは、銅や銀を与えておけばいいというような
文脈が働いているのだろうか?
今年の審査員たちがたまたまそうだったのかも知れないが、
そんなことを感じた報告会だった。
ブラビアのCMは音楽有りの方が断然良かった。
そしてショートリストどまりのCMの中で
マンションが建物ごと移動して引っ越してしまうという
ビジュアル表現のエクゼキューションに舌を巻いた。
2007/09/28 - 10:15
「Seven Stars Nights +One」第七夜(@映像テクノアカデミア) 仕事の周辺
クリエイティブのこれからを語る七夜話と銘打った、七夜目の回は、
電通インタラクティブ・コミュニケーション局の佐藤尚之さん。
佐藤氏は電通クリエーティブ局で14年間プランナーをやった後、
2000年に現職に。
いち早く、WEBを中心としたIC局という部署に移って新しいことを始められている。
僕たちが、ブログやWEB2.0などを認識する遥か以前から、
佐藤氏はこのジャンルに強い可能性を感じ先頭を切って走り続けている。
フロンティアである。
この開拓者魂は終わるところを知らない。
米国の歴史のように西海岸に到達し、アラスカで終わるなんてことはない、
果てしの無い旅が続いている。そこには無限の可能性が満ち満ちている。
この日は、佐藤さんから、いままでのWEBを中心とした
キャンペーンの事例をキーワードを交えつつ
具体例を紹介していただきつつ進んでいった。
佐藤氏は語る。広告表現をラブレターに例えて。
「ラブレターを書いているだけで面白いの?」
CMプランナーコースの特別授業の一環として行われていながら
強烈なアンチテーゼと思われるような問いかけで講義は始まった。
WEBを媒介とした、コミュニケーションデザインの例を、
特に海外の優れた事例を紹介していただきながら講義は続く。
知的な佐藤氏の早口でテンポのいい語り口が、
聞いている我々の脳を心地よく刺激する。
ダイエットコークにメントスを数粒入れると、
ものすごい勢いでコーラが噴射する映像とか、
消費者(コンシューマー)が作ったドリトスのCMや
フォルクスワーゲンPOLOの自爆テロをテーマにしたCMなどを見せていただく。
今は、この世界では、消費者(コンシューマー)というよりも
ユーザーと言う方が時代にあっている。
消費者自体がこの環境で
大きく変わってしまっているということは事実なのだから。
彼らは、押し付けられたり決め付けられたりするのを嫌う。
そこから感動や面白さを共有したり、
彼ら自信が発見し発信するというような仕組みを作っていくことが
求められてくるのだろう。
広告の接触頻度の話が興味深い。
1980年代は1日に500回、それが現在では1日3235回!
情報洪水の現状の中、我々はどのようにユーザーに
広告を届けるべきなのかという話になっていった。
キーワードは4つ。
1、「メディアニュートラル」(コミュニケーションデザイン・IMC)
ターゲットに伝えるにはどうしたらいいのかを考え、
そのためのメディアを中心に据えること。
118=118という番号案内のイギリスの事例を紹介していただく。
LondonにあるNakedというクリエーティブエージェンシーの仕事。
2、「ブランデッド・エンターテイメント」
これの最たるもので最初のものがBMWのショートフィルムであった。
3、「BUZZ」(WOM・Vilal)
今年、カンヌでグランプリを取ったDOVEの事例と、
DOVEと全く同じ造りになっている。太りゆく男性の映像のパロディ版を見る。
4、「CGM・UCC」
コンシューマー・ジェネレイテッド・メディアとも
ユーザー・クリエイツ・コンテンツとも言うもの。
ユーザー自身が参加してメディアを作るもの。
コンバースのキャンペーンで「ブランドを消費者に返そう」
というキャンペーンについて聞く。
しかし、これまでのお話は、さとなおさんの大いなる前哨戦だということがわかった。
佐藤尚之さんのチームがやられた「スラムダンク」1億冊突破感謝キャンペーン
の具体例を伺う。
8人のチームでこれだけのことが出来るのかと感動する。
佐藤氏は言う。「表現する前に、ターゲットのことを本当に良く考える。
何が彼らにとって響くのか大切なのか、そんなことを考え続けて、
ようやく、そこから表現案を考え始める。」と、
このことは、CMプランナー講座での至言である。
広告で人の気持ちを動かすために考えることの根本が
ここに含まれているような気がする。
表現をするための理念や哲学について
長く考え続けることが大切であるということかな?と思う。
たった8人のスタッフで行われたキャンペーン。
全国誌6誌で掲載された15段の新聞広告。
スラムダンクの登場人物が一人ずつ出ている。何も語らない広告。
しかし見る人が見ればわかる。
しかし、実際、僕自身、この新聞広告をリアルタイムで見ている。
僕はスラムダンクを読んでいない。
にもかかわらず、これは何?あああああああああ!
「スラムダンク」かあ?「スラムダンク」がどうしたのだろうか?
この画は井上さんのラフ・デッサンなのかあ?
と強烈な印象に残っていた。
しかし、本当に感動していくのはこれからである
ということに僕は気づかなかった。
WEBサイトのシーンを見せてもらう。
バスケット。ドリブルをしている「スラムダンク」の登場人物が
パスをこちらに投げてくる。見ている人は、
ガイダンスに沿っていくと、彼らに対して応援メッセージを
自由に書き込めるようになっている。
そうしてパスを返すと。画面は最終回の試合会場になり
満員の観客の一人ずつから、彼らが作成したメッセージを読める
という構造になっている。ファンたちの膨大な寄せ書きがここにある。
観客たちは無限スクロールできるような仕組みが作られている。
しかし、この仕掛けはここで留まらない。
三浦半島にある三崎高校(廃校の学校)を数日間借り切って、
書き込みをしてくれたファンのためのクロージングなイベントが行われる。
井上雄彦は、教室の黒板に順々に「スラムダンク」の最終回以降の話を
チョーク1本で描き続ける。
ファンの人たちはそれを見て、カメラで撮って、
体育館では自由にバスケットが出来るようになっている。
フジテレビの番組クルーが入って、
この模様が深夜にオンエアーされたそうである。
そのドキュメンタリーの一部を見せて頂く。
ファンの井上作品に対するレスペクトが伝わって来て、
そのドキュメンタリーを見ているだけでココロがうるうるしてくる。
このイベントの後、番組はDVD化され、
黒板の漫画は出版され10万部以上が売れ、
「SWICH」という雑誌で井上雄彦と「スラムダンク」の特集が組まれ、
その雑誌は発売数ヶ月経ってもアマゾンで
売り上げランキング3位を保っていたという。
たった、8人の想いが深く人に届き感動させる事象となっていく。
その深度をはかる尺度があれば、
このキャンペーンの到達度は計り知れないものがある。
広告に感動して、この業界に入った僕は、
改めてこの業界に入った原点を思い起させてくれるような体験ができた。
電通インタラクティブ・コミュニケーション局の佐藤尚之さん。
佐藤氏は電通クリエーティブ局で14年間プランナーをやった後、
2000年に現職に。
いち早く、WEBを中心としたIC局という部署に移って新しいことを始められている。
僕たちが、ブログやWEB2.0などを認識する遥か以前から、
佐藤氏はこのジャンルに強い可能性を感じ先頭を切って走り続けている。
フロンティアである。
この開拓者魂は終わるところを知らない。
米国の歴史のように西海岸に到達し、アラスカで終わるなんてことはない、
果てしの無い旅が続いている。そこには無限の可能性が満ち満ちている。
この日は、佐藤さんから、いままでのWEBを中心とした
キャンペーンの事例をキーワードを交えつつ
具体例を紹介していただきつつ進んでいった。
佐藤氏は語る。広告表現をラブレターに例えて。
「ラブレターを書いているだけで面白いの?」
CMプランナーコースの特別授業の一環として行われていながら
強烈なアンチテーゼと思われるような問いかけで講義は始まった。
WEBを媒介とした、コミュニケーションデザインの例を、
特に海外の優れた事例を紹介していただきながら講義は続く。
知的な佐藤氏の早口でテンポのいい語り口が、
聞いている我々の脳を心地よく刺激する。
ダイエットコークにメントスを数粒入れると、
ものすごい勢いでコーラが噴射する映像とか、
消費者(コンシューマー)が作ったドリトスのCMや
フォルクスワーゲンPOLOの自爆テロをテーマにしたCMなどを見せていただく。
今は、この世界では、消費者(コンシューマー)というよりも
ユーザーと言う方が時代にあっている。
消費者自体がこの環境で
大きく変わってしまっているということは事実なのだから。
彼らは、押し付けられたり決め付けられたりするのを嫌う。
そこから感動や面白さを共有したり、
彼ら自信が発見し発信するというような仕組みを作っていくことが
求められてくるのだろう。
広告の接触頻度の話が興味深い。
1980年代は1日に500回、それが現在では1日3235回!
情報洪水の現状の中、我々はどのようにユーザーに
広告を届けるべきなのかという話になっていった。
キーワードは4つ。
1、「メディアニュートラル」(コミュニケーションデザイン・IMC)
ターゲットに伝えるにはどうしたらいいのかを考え、
そのためのメディアを中心に据えること。
118=118という番号案内のイギリスの事例を紹介していただく。
LondonにあるNakedというクリエーティブエージェンシーの仕事。
2、「ブランデッド・エンターテイメント」
これの最たるもので最初のものがBMWのショートフィルムであった。
3、「BUZZ」(WOM・Vilal)
今年、カンヌでグランプリを取ったDOVEの事例と、
DOVEと全く同じ造りになっている。太りゆく男性の映像のパロディ版を見る。
4、「CGM・UCC」
コンシューマー・ジェネレイテッド・メディアとも
ユーザー・クリエイツ・コンテンツとも言うもの。
ユーザー自身が参加してメディアを作るもの。
コンバースのキャンペーンで「ブランドを消費者に返そう」
というキャンペーンについて聞く。
しかし、これまでのお話は、さとなおさんの大いなる前哨戦だということがわかった。
佐藤尚之さんのチームがやられた「スラムダンク」1億冊突破感謝キャンペーン
の具体例を伺う。
8人のチームでこれだけのことが出来るのかと感動する。
佐藤氏は言う。「表現する前に、ターゲットのことを本当に良く考える。
何が彼らにとって響くのか大切なのか、そんなことを考え続けて、
ようやく、そこから表現案を考え始める。」と、
このことは、CMプランナー講座での至言である。
広告で人の気持ちを動かすために考えることの根本が
ここに含まれているような気がする。
表現をするための理念や哲学について
長く考え続けることが大切であるということかな?と思う。
たった8人のスタッフで行われたキャンペーン。
全国誌6誌で掲載された15段の新聞広告。
スラムダンクの登場人物が一人ずつ出ている。何も語らない広告。
しかし見る人が見ればわかる。
しかし、実際、僕自身、この新聞広告をリアルタイムで見ている。
僕はスラムダンクを読んでいない。
にもかかわらず、これは何?あああああああああ!
「スラムダンク」かあ?「スラムダンク」がどうしたのだろうか?
この画は井上さんのラフ・デッサンなのかあ?
と強烈な印象に残っていた。
しかし、本当に感動していくのはこれからである
ということに僕は気づかなかった。
WEBサイトのシーンを見せてもらう。
バスケット。ドリブルをしている「スラムダンク」の登場人物が
パスをこちらに投げてくる。見ている人は、
ガイダンスに沿っていくと、彼らに対して応援メッセージを
自由に書き込めるようになっている。
そうしてパスを返すと。画面は最終回の試合会場になり
満員の観客の一人ずつから、彼らが作成したメッセージを読める
という構造になっている。ファンたちの膨大な寄せ書きがここにある。
観客たちは無限スクロールできるような仕組みが作られている。
しかし、この仕掛けはここで留まらない。
三浦半島にある三崎高校(廃校の学校)を数日間借り切って、
書き込みをしてくれたファンのためのクロージングなイベントが行われる。
井上雄彦は、教室の黒板に順々に「スラムダンク」の最終回以降の話を
チョーク1本で描き続ける。
ファンの人たちはそれを見て、カメラで撮って、
体育館では自由にバスケットが出来るようになっている。
フジテレビの番組クルーが入って、
この模様が深夜にオンエアーされたそうである。
そのドキュメンタリーの一部を見せて頂く。
ファンの井上作品に対するレスペクトが伝わって来て、
そのドキュメンタリーを見ているだけでココロがうるうるしてくる。
このイベントの後、番組はDVD化され、
黒板の漫画は出版され10万部以上が売れ、
「SWICH」という雑誌で井上雄彦と「スラムダンク」の特集が組まれ、
その雑誌は発売数ヶ月経ってもアマゾンで
売り上げランキング3位を保っていたという。
たった、8人の想いが深く人に届き感動させる事象となっていく。
その深度をはかる尺度があれば、
このキャンペーンの到達度は計り知れないものがある。
広告に感動して、この業界に入った僕は、
改めてこの業界に入った原点を思い起させてくれるような体験ができた。
2007/08/03 - 12:24
「ひとつ上のチーム」真木準 編(@インプレスジャパン) 仕事の周辺
この、ひとつ上シリーズもこれで三作目である。
奥付をみると2006年12月とある。
ああ、半年以上も本棚に眠っていたのか?
いつものように凄いメンバーたちが
広告制作のチームについて語られている。
クリエイティブディレクターとして優秀な方々である。
みなさん、広告制作のチームのリーダーから出てくる言葉は
仕事を通じて経験した言葉だけに説得力がある
。みなそれぞれ勝手にチームのことについて
語るわけであるが共通するところはたくさんある。
必要最少人数のチームでやること。
チームを組むときには、そのスタッフの人選に対して
非常にデリケートになってスタッフィングをすること。
また、それとは逆に、プロフェッショナル集団の集まりであれば、
チームなどどのような形態であれ
高いレベルのクリエイティブを作ることは出来る筈で
あるという意見も同時にある。
打合せまでに、プロ集団としてきちんと
そのプロジェクトについて考えてくる。
そして、打合せは最小時間で集中して行う。
その時間は2-3時間が限度であり、
そのセッションというか打合せを何度か行い、
クリエイティブの高みににじりよっていく。
プロのクリエーター同士の意外な組み合わせから
意外な新しい価値が創出されることがある。
そのことを受け入れ大切にするということを
きちんと行わなくてはならない。
そこから新しいクリエイティブが生まれる。
職種にこだわらずに自由にアイデアを出す中から
そんなことが生まれてくるのである。
クリエーター自身はわがままである。
わがままであってもきちんと結果を出せば、
それは芸のひとつとして容認できるが、
頑固過ぎるのはいけない。
などというようなことが繰り返し語られている。
本書の面白いところは、
あ、ここは面白いなというようなチームで制作するにあたっての
理念や考え方のポイントみたいなものを、
編者である真木準さんが拾ってくれて、
欄外に青字できちんと記してくれているところである。
例えば、こんな感じです。
引用する。
「楽しく、仕事ができるチームをつくるためには、
やはり人を大切にしなければいけない」(山本幸司)
「いくら正しいと信じているものでも、
自分が『こうだ』と思っているものは、
自分の頭の範囲内のもの。
そこにこだわっているうちは、
それ以上のものはできない。(児島令子)
「チームは個性の異なる者同士が助け合う場所。」(葛西薫)
「何かを続けていくためには
エゴイスティックなものと同時に、
残りの半分はパブリックなものが必要」(岡康道)
岡さんが面白いことをおっしゃっていた。
「クリエイティブな仕事をするために必要なことは、
とにかく楽しい気分でいることです。
『毎日が面白いな』と思っているようなときにしか、
アイデアは思いつかない。」
最後に、制作会社から
ディレクターの中島信也さんが語っている。
「スタッフが動いてくれるのには、
きちんとした信頼関係が必要です。
そのためには頭を下げてスタッフにお願いすること。
そしてスタッフのモチベーションをいかに上げてもらい、
彼らの卓越した技術を引き出してもらいたい。
あくまでもスタッフが主体的に動いてくれるような
環境を作っていくこと。
また、現場で予想外な方向に作業が進んだときには、
基本、なりゆきに任せてみる。」
なるほどと納得&感心である。
そして、思った。
これって会社経営者論であり、
素晴らしいリーダー論であるのだなあと。
ということは、広告業界以外の全てのモノを作るチームにも
置き換えることが出来るということである。
それが2000円で手に入るのは、
ありがたいことでございます。
奥付をみると2006年12月とある。
ああ、半年以上も本棚に眠っていたのか?
いつものように凄いメンバーたちが
広告制作のチームについて語られている。
クリエイティブディレクターとして優秀な方々である。
みなさん、広告制作のチームのリーダーから出てくる言葉は
仕事を通じて経験した言葉だけに説得力がある
。みなそれぞれ勝手にチームのことについて
語るわけであるが共通するところはたくさんある。
必要最少人数のチームでやること。
チームを組むときには、そのスタッフの人選に対して
非常にデリケートになってスタッフィングをすること。
また、それとは逆に、プロフェッショナル集団の集まりであれば、
チームなどどのような形態であれ
高いレベルのクリエイティブを作ることは出来る筈で
あるという意見も同時にある。
打合せまでに、プロ集団としてきちんと
そのプロジェクトについて考えてくる。
そして、打合せは最小時間で集中して行う。
その時間は2-3時間が限度であり、
そのセッションというか打合せを何度か行い、
クリエイティブの高みににじりよっていく。
プロのクリエーター同士の意外な組み合わせから
意外な新しい価値が創出されることがある。
そのことを受け入れ大切にするということを
きちんと行わなくてはならない。
そこから新しいクリエイティブが生まれる。
職種にこだわらずに自由にアイデアを出す中から
そんなことが生まれてくるのである。
クリエーター自身はわがままである。
わがままであってもきちんと結果を出せば、
それは芸のひとつとして容認できるが、
頑固過ぎるのはいけない。
などというようなことが繰り返し語られている。
本書の面白いところは、
あ、ここは面白いなというようなチームで制作するにあたっての
理念や考え方のポイントみたいなものを、
編者である真木準さんが拾ってくれて、
欄外に青字できちんと記してくれているところである。
例えば、こんな感じです。
引用する。
「楽しく、仕事ができるチームをつくるためには、
やはり人を大切にしなければいけない」(山本幸司)
「いくら正しいと信じているものでも、
自分が『こうだ』と思っているものは、
自分の頭の範囲内のもの。
そこにこだわっているうちは、
それ以上のものはできない。(児島令子)
「チームは個性の異なる者同士が助け合う場所。」(葛西薫)
「何かを続けていくためには
エゴイスティックなものと同時に、
残りの半分はパブリックなものが必要」(岡康道)
岡さんが面白いことをおっしゃっていた。
「クリエイティブな仕事をするために必要なことは、
とにかく楽しい気分でいることです。
『毎日が面白いな』と思っているようなときにしか、
アイデアは思いつかない。」
最後に、制作会社から
ディレクターの中島信也さんが語っている。
「スタッフが動いてくれるのには、
きちんとした信頼関係が必要です。
そのためには頭を下げてスタッフにお願いすること。
そしてスタッフのモチベーションをいかに上げてもらい、
彼らの卓越した技術を引き出してもらいたい。
あくまでもスタッフが主体的に動いてくれるような
環境を作っていくこと。
また、現場で予想外な方向に作業が進んだときには、
基本、なりゆきに任せてみる。」
なるほどと納得&感心である。
そして、思った。
これって会社経営者論であり、
素晴らしいリーダー論であるのだなあと。
ということは、広告業界以外の全てのモノを作るチームにも
置き換えることが出来るということである。
それが2000円で手に入るのは、
ありがたいことでございます。
2007/07/23 - 09:31
「ネットはテレビをどう呑みこむのか?」歌田明弘(@アスキー新書) 仕事の周辺
本は一気に読まないと、やはり内容を少しずつ忘れてしまう。
その日のうちに一気に読むということが理想なのかも知れないが、
そうもいかないので、これを書くにあたってまたパラパラと
前半部を中心に読み返すことになる。
その際、読みながらページを折っているところと
赤ペンなどで記しをつけているところを中心に読んでいって
文章を頭の中で組み立てようとする。
いま、まさにそのことをパソコンのキーボードを
打ちながら行っております。
本書もまた例の2011年地デジ完全移行問題で
世間をにぎわせている、放送と通信の融合の話。
著者の歌田明弘の「週間アスキー」での連載「仮想報道」をまとめたものらしい。
新書とはいえ書き下ろしではないというものもあるのかと新しい発見だった。
歌田氏は「ユリイカ」の編集長を以前されていたそうだ。
アスキーの連載だけあって放送と通信の技術の
先端的なことに触れてあるのが面白かった。
結局、動画に関しても検索ということは重要になってくるだろうと歌田氏は語る。
その検索ということで、現在「ブリンクX」という
アメリカの動画検索サイトの紹介がされている。
小さな小窓がディスプレイ上にあって、その全てが動いているらしい。
動画の表紙みたいなものとでも言えばいいのだろうか?
その小窓をクリックするだけで動画が再生されるという。
現在700万時間のビデオコンテンツが対象になっているらしい。
さらにこの検索サイトの凄いところは音声認識技術で
音声検索までしてくれるところ。
音声は早送でも二倍速で聞いていくのが人間としての限界だろう。
それを認識技術で検索!驚くやら面白いやら。
こんな話を聞いてしまうとワクワクする。
ひいては、動画検索の新しい技術が生まれてこないだろうかと
真剣に思うのである。
言葉でのキーワード検索ではない方法は何だろうか?と考える。
と思って、しかしそれも同時に言葉が必要になるのだということなのである。
では、抽象的な映像素材をどのように検索すると
目的の映像にたどり着けるのか?
これは、何秒かその動画を眺めて見なければ
欲しい動画には行き着かないのかもしれないとやはり思う。
そういう意味では、このブリンクXの5行×5列の
小窓の動画サンプル表示は力強い。
本書の後半は、小泉政権時代の諮問委員会での
放送と通信の融合の進め方や、
ネット時代の報道のことについてが語られている。
放送と通信の融合でシステムが
どのように変っていくのかだけを知りたい人は
飛ばしてしまっても全然大丈夫な内容。
しかし、イラクの邦人人質事件についての報道の違いや
ネットでの意見の応酬の事実などの話は大変に面白かった。
最後に本書の中で気になった部分を紹介する。
視聴者は、番組の途中に広告が流されるのは嫌うものの、
ショート・ムービーとしての広告はおもしろがる。
グーグル・ビデオの責任者はそのことに気づき、
「人びとが好んで広告を見ることには驚いた」と言っている。
また、このようなことも。
テレビ局の獲得できる視聴者は減り広告収入は落ちていく。
そうなったときテレビ局は果たして幸福になるのか不幸になるのか。
テレビ会社は、在京キー局でさえも
これまでのような高所得が得られる職場ではなくなるだろう。
しかし、いまよりも作りたい番組を作れるようにはなっているかもしれない。
このことを制作者たちがどう受け止め、
どう変化するのかが問われ始めている。
そして、これから日本マーケットでの最大のコンテンツメーカーは、
タレントを抱えているプロダクションではないだろうか?
その際たるものが「吉本興業」である。
彼らは数多くのタレントというコンテンツをもち、
そして動画コンテンツ制作能力を持ち、
動画配信の「ファンダンゴTV」などというコンテンツの供給場所も持っている。
日本の市場に於いてタレントが出演しているということは
一つの大きなメリットとなっている。
吉本興業以外の芸能プロダクションも
自社でのコンテンツ製作&配信を当然始めていくだろう。
そのときに、そうではない製作会社は、
何が出来るのかを考え続けなければいけないと痛感している。
その日のうちに一気に読むということが理想なのかも知れないが、
そうもいかないので、これを書くにあたってまたパラパラと
前半部を中心に読み返すことになる。
その際、読みながらページを折っているところと
赤ペンなどで記しをつけているところを中心に読んでいって
文章を頭の中で組み立てようとする。
いま、まさにそのことをパソコンのキーボードを
打ちながら行っております。
本書もまた例の2011年地デジ完全移行問題で
世間をにぎわせている、放送と通信の融合の話。
著者の歌田明弘の「週間アスキー」での連載「仮想報道」をまとめたものらしい。
新書とはいえ書き下ろしではないというものもあるのかと新しい発見だった。
歌田氏は「ユリイカ」の編集長を以前されていたそうだ。
アスキーの連載だけあって放送と通信の技術の
先端的なことに触れてあるのが面白かった。
結局、動画に関しても検索ということは重要になってくるだろうと歌田氏は語る。
その検索ということで、現在「ブリンクX」という
アメリカの動画検索サイトの紹介がされている。
小さな小窓がディスプレイ上にあって、その全てが動いているらしい。
動画の表紙みたいなものとでも言えばいいのだろうか?
その小窓をクリックするだけで動画が再生されるという。
現在700万時間のビデオコンテンツが対象になっているらしい。
さらにこの検索サイトの凄いところは音声認識技術で
音声検索までしてくれるところ。
音声は早送でも二倍速で聞いていくのが人間としての限界だろう。
それを認識技術で検索!驚くやら面白いやら。
こんな話を聞いてしまうとワクワクする。
ひいては、動画検索の新しい技術が生まれてこないだろうかと
真剣に思うのである。
言葉でのキーワード検索ではない方法は何だろうか?と考える。
と思って、しかしそれも同時に言葉が必要になるのだということなのである。
では、抽象的な映像素材をどのように検索すると
目的の映像にたどり着けるのか?
これは、何秒かその動画を眺めて見なければ
欲しい動画には行き着かないのかもしれないとやはり思う。
そういう意味では、このブリンクXの5行×5列の
小窓の動画サンプル表示は力強い。
本書の後半は、小泉政権時代の諮問委員会での
放送と通信の融合の進め方や、
ネット時代の報道のことについてが語られている。
放送と通信の融合でシステムが
どのように変っていくのかだけを知りたい人は
飛ばしてしまっても全然大丈夫な内容。
しかし、イラクの邦人人質事件についての報道の違いや
ネットでの意見の応酬の事実などの話は大変に面白かった。
最後に本書の中で気になった部分を紹介する。
視聴者は、番組の途中に広告が流されるのは嫌うものの、
ショート・ムービーとしての広告はおもしろがる。
グーグル・ビデオの責任者はそのことに気づき、
「人びとが好んで広告を見ることには驚いた」と言っている。
また、このようなことも。
テレビ局の獲得できる視聴者は減り広告収入は落ちていく。
そうなったときテレビ局は果たして幸福になるのか不幸になるのか。
テレビ会社は、在京キー局でさえも
これまでのような高所得が得られる職場ではなくなるだろう。
しかし、いまよりも作りたい番組を作れるようにはなっているかもしれない。
このことを制作者たちがどう受け止め、
どう変化するのかが問われ始めている。
そして、これから日本マーケットでの最大のコンテンツメーカーは、
タレントを抱えているプロダクションではないだろうか?
その際たるものが「吉本興業」である。
彼らは数多くのタレントというコンテンツをもち、
そして動画コンテンツ制作能力を持ち、
動画配信の「ファンダンゴTV」などというコンテンツの供給場所も持っている。
日本の市場に於いてタレントが出演しているということは
一つの大きなメリットとなっている。
吉本興業以外の芸能プロダクションも
自社でのコンテンツ製作&配信を当然始めていくだろう。
そのときに、そうではない製作会社は、
何が出来るのかを考え続けなければいけないと痛感している。
2007/07/06 - 10:06
「広告会社は変われるか」藤原治(@ダイヤモンド社) 仕事の周辺
副題にこうある。「マスメディア依存体質からの脱却シナリオ」。
著者である藤原治は、電通総研を早期退職して本書を出版した。
この時期だからこその内容。
インターネットとメディアの融合を迎えて
これまでのメディアを分配して広告主に売っていた
広告会社の体質は変わらなければならないということ。
広告主や経済環境のグローバル化により、
欧米標準であるグローバルな仕事の仕方の導入を
どのようにするのが良いのか?
という二つの事柄が中心となって語られる。
面白いのは、日本の広告会社
(特に、電通のことを藤原氏は語っているのだろうが。)
は広告代理業ではなく、自己商であると何度となく言及している。
自己商という言葉を初めて知る。
要は、会社自体がリスクをとって広告主のリスクを
補填してしまうような会社ということらしい。
もっと簡単に言うと、ある広告主の広告を請け負って、
TVなどに出稿したとする。その広告主が倒産した場合、
欧米型の広告代理店であれば、
メディアなどへ対しての媒体費の支払い義務はないが、
日本の広告会社は支払うということがルールになっているらしい。
ここまでやる会社は代理業ではないということ。
電通や博報堂は情報商社である。
ということが基本になっているのである。
広告会社はそれに投資し、パートナーシップを築く。
要するに代理業を営んでいるわけではないので
一業種一社制度を守る必要もなく、
原価公開をする必要はないと結んでいる。
現状がそうなのだ。
もちろん、広告主との関係に於いて例外はあって、
欧米グローバル化に従うということであれば、
原価の開示と適切なフィー&マークアップを頂き、
一業種一社制度にできるような仕組みの作り方をするということも
並行して行われているということにも及んでいる。
ただし、それは広告主との関係に於いて限定的である。
しかし、いままでのことは、
現状をわかりやすく示してくれたに過ぎない。
本書を購入した人は、その後、
広告会社はどのように変わっていかなければならないかということを
知りたくて手に取った人が大半だろう。
その方向性みたいなものが何となく示されている。
以下の3点を藤原氏は強調する。
1、R&D(製品開発)への積極的な投資。
いわゆるメーカーの研究開発費にあたる費用を構築し投資すること。
2、組織論の重要性の再認識。
e-プラットフォームでのCRM(カスタマー・リレーションシップ・マーケティング)を
強化するために必要な組織機構に変化していくこと。
3、人材の開発と教育。
グーグルの社員のような面々が今後ますます、
広告会社の中枢を占めるようになるのか?
それともグーグルのような会社が現状の広告会社にとって変わるのか?
その答えがでるのはこれからである。
しかし、大切なことは優秀な人材を効果的に配置し、
新しいビジネスモデルを開発することである。
これはどこの企業にも言えることであり、
その答えは現場にいながらにしてなんとかかんとか
手探りで発見しつつ改善していくことしかないのではないだろうか?
そして、僕たち制作会社は、
その効果的なコミュニケーションのコンテンツを
カスタマーが満足できるレベルで
作り続けていくことでしかないのかも知れない。
著者である藤原治は、電通総研を早期退職して本書を出版した。
この時期だからこその内容。
インターネットとメディアの融合を迎えて
これまでのメディアを分配して広告主に売っていた
広告会社の体質は変わらなければならないということ。
広告主や経済環境のグローバル化により、
欧米標準であるグローバルな仕事の仕方の導入を
どのようにするのが良いのか?
という二つの事柄が中心となって語られる。
面白いのは、日本の広告会社
(特に、電通のことを藤原氏は語っているのだろうが。)
は広告代理業ではなく、自己商であると何度となく言及している。
自己商という言葉を初めて知る。
要は、会社自体がリスクをとって広告主のリスクを
補填してしまうような会社ということらしい。
もっと簡単に言うと、ある広告主の広告を請け負って、
TVなどに出稿したとする。その広告主が倒産した場合、
欧米型の広告代理店であれば、
メディアなどへ対しての媒体費の支払い義務はないが、
日本の広告会社は支払うということがルールになっているらしい。
ここまでやる会社は代理業ではないということ。
電通や博報堂は情報商社である。
ということが基本になっているのである。
広告会社はそれに投資し、パートナーシップを築く。
要するに代理業を営んでいるわけではないので
一業種一社制度を守る必要もなく、
原価公開をする必要はないと結んでいる。
現状がそうなのだ。
もちろん、広告主との関係に於いて例外はあって、
欧米グローバル化に従うということであれば、
原価の開示と適切なフィー&マークアップを頂き、
一業種一社制度にできるような仕組みの作り方をするということも
並行して行われているということにも及んでいる。
ただし、それは広告主との関係に於いて限定的である。
しかし、いままでのことは、
現状をわかりやすく示してくれたに過ぎない。
本書を購入した人は、その後、
広告会社はどのように変わっていかなければならないかということを
知りたくて手に取った人が大半だろう。
その方向性みたいなものが何となく示されている。
以下の3点を藤原氏は強調する。
1、R&D(製品開発)への積極的な投資。
いわゆるメーカーの研究開発費にあたる費用を構築し投資すること。
2、組織論の重要性の再認識。
e-プラットフォームでのCRM(カスタマー・リレーションシップ・マーケティング)を
強化するために必要な組織機構に変化していくこと。
3、人材の開発と教育。
グーグルの社員のような面々が今後ますます、
広告会社の中枢を占めるようになるのか?
それともグーグルのような会社が現状の広告会社にとって変わるのか?
その答えがでるのはこれからである。
しかし、大切なことは優秀な人材を効果的に配置し、
新しいビジネスモデルを開発することである。
これはどこの企業にも言えることであり、
その答えは現場にいながらにしてなんとかかんとか
手探りで発見しつつ改善していくことしかないのではないだろうか?
そして、僕たち制作会社は、
その効果的なコミュニケーションのコンテンツを
カスタマーが満足できるレベルで
作り続けていくことでしかないのかも知れない。
2006/12/25 - 07:08
「ある広告人の告白」(新版)デイヴィッド・オグルヴィ 山内あゆ子訳(@海と月社) 仕事の周辺
オグルヴィ&メイザーという広告会社を知らない人は、
広告業界にはいないだろう。
その創始者が広告について書いたのが本書。
1960年代に書かれてはいるが、その根本にある考え方や捉え方は変わらない。
その普遍の部分は今でも十分に傾聴に値するものではないだろうか?
だからこそ新版と銘打って
今年になって日本語訳が新たに発売されることになったのだろう。
これは、オグルヴィの教訓集でもある。
みんなそういったルールブックみたいなものが好きだ。
マーフィーの法則にも、このような法則が書いてあるのだろうか?
経営哲学書のようなものである。
教訓は非常に具体的に語られる。
例えばこんな風に
「私は自信に満ちたプロフェッショナル、自らの仕事を完璧に行う職人を尊敬する。
そういう人間は仲間の専門に敬意を払い、他人の領域を侵すことはない。」みたいな。
そしていつも言われることだがここでも同じ事が書かれている。
重要なのは「どう」言うかより「何を」いうかだ。
「HOW」よりも「WHAT」とはいろんなクリエイターの方から聞いている。
またAEとクリエイターの関係にも触れている。
AE主導でクリエイティブを進めていく弊害や、
逆にクリエイティブが聖域化されていて
AEはアンタッチャブルであるというような仕事のやり方の弊害。
結局はクライアントとAEが粘り強く交渉しつつ、
クリエイティブの表現に対する最終決定権を侵すことなく
仕事を円滑に進めていくことこそ、広告表現が一流になっていくことであると
オグルヴィさんは語っている。
そんな事を、きちんと確認が出来るという意味でも
本書は貴重なものかも知れない。
広告業界にはいないだろう。
その創始者が広告について書いたのが本書。
1960年代に書かれてはいるが、その根本にある考え方や捉え方は変わらない。
その普遍の部分は今でも十分に傾聴に値するものではないだろうか?
だからこそ新版と銘打って
今年になって日本語訳が新たに発売されることになったのだろう。
これは、オグルヴィの教訓集でもある。
みんなそういったルールブックみたいなものが好きだ。
マーフィーの法則にも、このような法則が書いてあるのだろうか?
経営哲学書のようなものである。
教訓は非常に具体的に語られる。
例えばこんな風に
「私は自信に満ちたプロフェッショナル、自らの仕事を完璧に行う職人を尊敬する。
そういう人間は仲間の専門に敬意を払い、他人の領域を侵すことはない。」みたいな。
そしていつも言われることだがここでも同じ事が書かれている。
重要なのは「どう」言うかより「何を」いうかだ。
「HOW」よりも「WHAT」とはいろんなクリエイターの方から聞いている。
またAEとクリエイターの関係にも触れている。
AE主導でクリエイティブを進めていく弊害や、
逆にクリエイティブが聖域化されていて
AEはアンタッチャブルであるというような仕事のやり方の弊害。
結局はクライアントとAEが粘り強く交渉しつつ、
クリエイティブの表現に対する最終決定権を侵すことなく
仕事を円滑に進めていくことこそ、広告表現が一流になっていくことであると
オグルヴィさんは語っている。
そんな事を、きちんと確認が出来るという意味でも
本書は貴重なものかも知れない。
2006/11/03 - 08:32
風とロックとシャツとマニキュア(@電通関西支社12階大ホール) 仕事の周辺
風とロックの箭内道彦、電通関西の赤松隆一郎、
大阪大広の小池久実が出席してOAACクリエイティブ研究会ということで開催された。
何と満席!補助椅子が次々と出され通路と言う通路が椅子で一杯になった。
一種、異様な雰囲気。
司会は電通関西局長の小森さん。
博報堂の異端児とまで言われた箭内さん。
電通西日本松山支社にいた赤松さん。
そして、大広九州に6年半いて戻ってきた、キュートな小池さん。
彼らはいわゆる保守本流というものがもしあるとしたら、
それと対極に位置するような人々。
彼らが自分のやり方で仕事をすることによって
オリジナリティを獲得しているということが、面白い。
三人の共通点は、音楽がめちゃめちゃ好きなこと。
そして、音楽を仕事に生かそうとしていること。
それから、もっと面白いのは、自分でCMの演出をしてしまうこと。
公私混同と演出までへの関与。
この独特なこだわりというかメチャメチャさが、
彼らの作るものを面白くしているのではないだろうか?
世の中を騒がせるということとか、気持ちを動かすということなのか
わからないが、とにかくそうなのだ。
そんなことを無意識に彼らは行なっている。
そして箭内さんは、とにかくものごとの捉え方が飄々としており
かつ確信的&革新的である。
彼は、言う。自分で演出したら自分だけのCMになる。
でも、フリーの演出家にお願いすると、誰の企画でも
その演出家のテイストが出るので、
同じような仕上がりになってしまうでしょ!おお!
CMは、自分の想いがあれば、ちゃんと出来てしまうものだということを
半ば批評的に逆説的に捉えて作っている。
その実行力が凄い!思い付きを実行に移すことってなかなか出来るもんじゃあない。
でも現実として見せつけられると、びっくりする。
そういう意味では箭内さんは究極の広告批評家である。
ゴダールが究極の映画批評家であるのと同じように。
小池さんの「アイドルになりたいっ!」という
エンディングの言葉が僕のココロを捉えて離さない。
大阪大広の小池久実が出席してOAACクリエイティブ研究会ということで開催された。
何と満席!補助椅子が次々と出され通路と言う通路が椅子で一杯になった。
一種、異様な雰囲気。
司会は電通関西局長の小森さん。
博報堂の異端児とまで言われた箭内さん。
電通西日本松山支社にいた赤松さん。
そして、大広九州に6年半いて戻ってきた、キュートな小池さん。
彼らはいわゆる保守本流というものがもしあるとしたら、
それと対極に位置するような人々。
彼らが自分のやり方で仕事をすることによって
オリジナリティを獲得しているということが、面白い。
三人の共通点は、音楽がめちゃめちゃ好きなこと。
そして、音楽を仕事に生かそうとしていること。
それから、もっと面白いのは、自分でCMの演出をしてしまうこと。
公私混同と演出までへの関与。
この独特なこだわりというかメチャメチャさが、
彼らの作るものを面白くしているのではないだろうか?
世の中を騒がせるということとか、気持ちを動かすということなのか
わからないが、とにかくそうなのだ。
そんなことを無意識に彼らは行なっている。
そして箭内さんは、とにかくものごとの捉え方が飄々としており
かつ確信的&革新的である。
彼は、言う。自分で演出したら自分だけのCMになる。
でも、フリーの演出家にお願いすると、誰の企画でも
その演出家のテイストが出るので、
同じような仕上がりになってしまうでしょ!おお!
CMは、自分の想いがあれば、ちゃんと出来てしまうものだということを
半ば批評的に逆説的に捉えて作っている。
その実行力が凄い!思い付きを実行に移すことってなかなか出来るもんじゃあない。
でも現実として見せつけられると、びっくりする。
そういう意味では箭内さんは究極の広告批評家である。
ゴダールが究極の映画批評家であるのと同じように。
小池さんの「アイドルになりたいっ!」という
エンディングの言葉が僕のココロを捉えて離さない。
2006/10/21 - 15:49
テレビCM崩壊 仕事の周辺
刺激的なタイトルである。日本沈没にも似た刺激感がある。
大きなものが崩れていくような表現は得てしてそういうことかもしれない。
しかし、テレビCMである。
自分の仕事を崩壊させるような巨大なものが迫り来るのか?
僕たちは、それに対してどう立ち向かえばいいのか?
愛や祈りだけで全てが解決するような、おざなりなドラマになりえる筈もなく、
愕然とし、天をあおぎ、まるでワールドカップ最終戦の中田英寿のように、
ただ一人、天空を仰いで、絶望感と孤独感に打ちひしがれるのか?
そのような気持ちで思わず手にとった。
デスクの後ろに本書を暫く積んでいたのだが、
広告関係のブロガーの方々がこの「テレビCM崩壊」のことを書いているものを読んで、
やはり興味を覚え、読み始めることになった。
読み始めると、ひとごとではないことが延々と書きつられているので、
それはそれは一息に読んでしまった。
この本を読む最終的な動機付けをしてくれたのが、やはりそのブログたちであった。
本書について書かれたブログを読んで、本書を読み始める。
趣味の合う友人に奨められた、映画や本、また、レストランなどは
やはり説得力がある。
それをインターネット経由で情報を、共有する。
これこそが、まさしく、本書でも語られる、バイラルコミュニケーション、
バイラルマーケティング、バズコミュニケーションなどといったもの。
要するにインターネット経由の口コミの伝播である。
本書で語られていることは明快である。
いままでのように不特定多数の多くのターゲットを相手にした
テレビCMは効かなくなってきている。誰も、面白くないものは見ない。
特にHDDレコーダーなどの出現により、
CMをとばして見る方法がどんどん進化してきている。
自分に置き換えても同じ事をしている。
でも、面白そうなCMは、そのまま見るし。
もっと、興味を持つと何回も繰り返してみる。
HDDレコーダーのリモコンは15秒単位のスキップが出来るのでものすごく便利である。
また、さらに本書は語る。
インターネットなどに接続して、時間を気にしないコンテンツを
自由に好きな場所で、好きなモニターで動画を楽しめるようになってきている。
これは、決して30秒、15秒の世界ではなく。
90秒も、90分も5秒だってありかも知れない。
自由に時間を設定出来るメディアがそこにある。
評価基準は面白いかどうか、アクセスする人たちの興味を惹くかどうか。
そして、このことは逆にチャンスでもある。
面白くて、長いコンテンツを作ることの出来る能力のある人は
さらに伸びていく可能性があるし、
現在業界で働いていない人たちで才能豊かな人たちには広く開かれることとなる。
既得権益を享受している人たちには困ったことが起きるのかもしれない。
メディア費用や媒体という考え方が薄くなる。
これはメディアエージェンシーと言われているところは困った問題である。
特に郵政省の認可事業で運営しているテレビ局などは、
映画を初めとした別のコンテンツの開発が重要になってくるだろう。
1950年代の東宝や東映みたいな映画会社のようになっていくのだろうか?
また、制作スタッフに話を鑑みると、業界に居るからというだけで、
日常業務のようにルーティンで仕事をこなしている人たちは、
これから大きな危機感をもって立ち向かっていかなければ
大変なことになるのかも知れない。
一般消費者と呼ばれている人たちが、ハンディカメラで撮影し、
手持ちのパソコンで編集し、Y−TUBEにアップロードすれば
勝手に作ったCMをみんなに見てもらえる。
そして、それが面白く、評判になれば、これはもう仕事になってしまう。
僕たちの居場所はどこにあるのだろうか?
そのためには、動画のコンテンツ制作集団として
スキルを積み重ねていくことが大切である。
簡単な話だと、絵コンテではなく、シナリオを読んで、
撮影現場がどのようになっていくか想像出来るチカラ
みたいなものが求められているように思う。
手法は映画的でも、テレビドラマ的でもショートフィルム的でも、
アートアニメーション的でも、ドキュメンタリー的でもいい。
その方法論の多様な提示と、現場への想像力、
企画やシナリオに対する強い洞察力と実行力みたいなものが
求められてくるのではないでしょうか?
それがきちんとこなせる人材が
新しいポストテレビコマーシャル制作会社に求められている
新たな人物像ではないかと考えています。
あくまで私見ですが。でも、面白そう。
最後に本書の日本語監修は織田浩一、翻訳は西脇千賀子・水野さより。
変な翻訳文体ではないので読みやすい。
ただ、誤植が多すぎる。編集者は校正を、もすこしキチントして欲しかった。
それが既得権益者であり、
そこで、プロとして働くものの倫理観では、あーりませんか?なーんて。
大きなものが崩れていくような表現は得てしてそういうことかもしれない。
しかし、テレビCMである。
自分の仕事を崩壊させるような巨大なものが迫り来るのか?
僕たちは、それに対してどう立ち向かえばいいのか?
愛や祈りだけで全てが解決するような、おざなりなドラマになりえる筈もなく、
愕然とし、天をあおぎ、まるでワールドカップ最終戦の中田英寿のように、
ただ一人、天空を仰いで、絶望感と孤独感に打ちひしがれるのか?
そのような気持ちで思わず手にとった。
デスクの後ろに本書を暫く積んでいたのだが、
広告関係のブロガーの方々がこの「テレビCM崩壊」のことを書いているものを読んで、
やはり興味を覚え、読み始めることになった。
読み始めると、ひとごとではないことが延々と書きつられているので、
それはそれは一息に読んでしまった。
この本を読む最終的な動機付けをしてくれたのが、やはりそのブログたちであった。
本書について書かれたブログを読んで、本書を読み始める。
趣味の合う友人に奨められた、映画や本、また、レストランなどは
やはり説得力がある。
それをインターネット経由で情報を、共有する。
これこそが、まさしく、本書でも語られる、バイラルコミュニケーション、
バイラルマーケティング、バズコミュニケーションなどといったもの。
要するにインターネット経由の口コミの伝播である。
本書で語られていることは明快である。
いままでのように不特定多数の多くのターゲットを相手にした
テレビCMは効かなくなってきている。誰も、面白くないものは見ない。
特にHDDレコーダーなどの出現により、
CMをとばして見る方法がどんどん進化してきている。
自分に置き換えても同じ事をしている。
でも、面白そうなCMは、そのまま見るし。
もっと、興味を持つと何回も繰り返してみる。
HDDレコーダーのリモコンは15秒単位のスキップが出来るのでものすごく便利である。
また、さらに本書は語る。
インターネットなどに接続して、時間を気にしないコンテンツを
自由に好きな場所で、好きなモニターで動画を楽しめるようになってきている。
これは、決して30秒、15秒の世界ではなく。
90秒も、90分も5秒だってありかも知れない。
自由に時間を設定出来るメディアがそこにある。
評価基準は面白いかどうか、アクセスする人たちの興味を惹くかどうか。
そして、このことは逆にチャンスでもある。
面白くて、長いコンテンツを作ることの出来る能力のある人は
さらに伸びていく可能性があるし、
現在業界で働いていない人たちで才能豊かな人たちには広く開かれることとなる。
既得権益を享受している人たちには困ったことが起きるのかもしれない。
メディア費用や媒体という考え方が薄くなる。
これはメディアエージェンシーと言われているところは困った問題である。
特に郵政省の認可事業で運営しているテレビ局などは、
映画を初めとした別のコンテンツの開発が重要になってくるだろう。
1950年代の東宝や東映みたいな映画会社のようになっていくのだろうか?
また、制作スタッフに話を鑑みると、業界に居るからというだけで、
日常業務のようにルーティンで仕事をこなしている人たちは、
これから大きな危機感をもって立ち向かっていかなければ
大変なことになるのかも知れない。
一般消費者と呼ばれている人たちが、ハンディカメラで撮影し、
手持ちのパソコンで編集し、Y−TUBEにアップロードすれば
勝手に作ったCMをみんなに見てもらえる。
そして、それが面白く、評判になれば、これはもう仕事になってしまう。
僕たちの居場所はどこにあるのだろうか?
そのためには、動画のコンテンツ制作集団として
スキルを積み重ねていくことが大切である。
簡単な話だと、絵コンテではなく、シナリオを読んで、
撮影現場がどのようになっていくか想像出来るチカラ
みたいなものが求められているように思う。
手法は映画的でも、テレビドラマ的でもショートフィルム的でも、
アートアニメーション的でも、ドキュメンタリー的でもいい。
その方法論の多様な提示と、現場への想像力、
企画やシナリオに対する強い洞察力と実行力みたいなものが
求められてくるのではないでしょうか?
それがきちんとこなせる人材が
新しいポストテレビコマーシャル制作会社に求められている
新たな人物像ではないかと考えています。
あくまで私見ですが。でも、面白そう。
最後に本書の日本語監修は織田浩一、翻訳は西脇千賀子・水野さより。
変な翻訳文体ではないので読みやすい。
ただ、誤植が多すぎる。編集者は校正を、もすこしキチントして欲しかった。
それが既得権益者であり、
そこで、プロとして働くものの倫理観では、あーりませんか?なーんて。
2006/07/31 - 20:32
ADC展 仕事の周辺
東京アートディレクターズクラブ展。
毎年、この時期になると行なわれています。
場所は銀座の「ggg」と「ギャラリーG8」。
前者は大日本印刷が、後者はリクルートが運営しています。
いつもこれを見ると思うのですが、
何となく静謐な気分になる。
美しいアートディレクションって爽やかな感じがします。
そんな気持ちになるのは僕だけでしょうか?
また、ADC展は、広告作品だけでなく、
携帯電話のデザインや、展示、グッズの制作なども含まれていて
見ていて、身近に持ち運べる感じがまた素敵です。
生活とデザインがイコールで結ばれている。
このことが改めて良くわかるようになっています。
一般公募の中で、新潟のお米の作品が印象的でした。
また、会員の展示の中で、
副田さんが、どんどん精力的にやってらっしゃる姿をみて驚き、
秋山晶さんのキューピーの雑誌広告の文字きりと文字数が
確実に長方形に収まっている姿に、
経験とセンスの両立が大切だということを思い知らされました。
ということは、まだまだ僕も若造であるということです。
頑張ろう!若造!自戒を込めて!
毎年、この時期になると行なわれています。
場所は銀座の「ggg」と「ギャラリーG8」。
前者は大日本印刷が、後者はリクルートが運営しています。
いつもこれを見ると思うのですが、
何となく静謐な気分になる。
美しいアートディレクションって爽やかな感じがします。
そんな気持ちになるのは僕だけでしょうか?
また、ADC展は、広告作品だけでなく、
携帯電話のデザインや、展示、グッズの制作なども含まれていて
見ていて、身近に持ち運べる感じがまた素敵です。
生活とデザインがイコールで結ばれている。
このことが改めて良くわかるようになっています。
一般公募の中で、新潟のお米の作品が印象的でした。
また、会員の展示の中で、
副田さんが、どんどん精力的にやってらっしゃる姿をみて驚き、
秋山晶さんのキューピーの雑誌広告の文字きりと文字数が
確実に長方形に収まっている姿に、
経験とセンスの両立が大切だということを思い知らされました。
ということは、まだまだ僕も若造であるということです。
頑張ろう!若造!自戒を込めて!